第6話 社内の中のアレ

「あの!その前にちょっと試してみたい事があるんですが、良いですか?」


 丸山さんが加神に業務内容を説明しているのを聞きながら、さっきの出来事を反芻していて、ひとつの仮説が立った。その仮説を試してみたくてうずうずしていた。

 当初の予定の「違和感なく配属」なんて頭から飛んでるかのように、初っ端からぶっちゃけてるし、この際だから仮説検証しても問題ないでしょ!…多分。


「試してみたいことって?」

「加神さんに幾つか一緒に回って欲しい所があるんです」

「それってもしかして、最上さんが言ってる例のスポット?」

「はい。もしかしたら…私の仮説が正しければ、丸山さん、現場の仕事状況が変わるかもしれません!」

「え?マジで?よし、行こう。今すぐ行こう」


 丸山さんが先陣を切って会議室を出て行った。心なしかスキップ気味な気がする。

 その後を何とも言えない微妙な表情で加神が着いていく。

 この会社内には、幾つか“アレ”が存在する。アレ-いわゆる幽霊、だ。事故物件を扱うせいなのかどうか分からないけど、数は多い気がするのだ。現場監督も本社に出入りをするから、くっついて来ているのかもしれない。もしくは呼び込んでいるか。


 まず、2階の給湯室。ここは水場ということと人があまり立ち寄らないせいで空気が淀んでいる。換気条件は他フロアと同じであるにもかかわらず。

 ここには2体のアレがいる。いつもなにかブツブツ言っていて、どうやらそれは怨嗟っぽい。内容まで理解せずともどんどん気分が滅入ってくる。

 そのせいか分からないけど、ここを使うのをさけて他フロアに行く人が多い。


「ここだよね?」


 丸山さんが振り向いて聞いた。


「そうです。そこです。えーと、加神さん、すいませんが給湯室の中に入ってもらえますか?」


 私に促されて、不可解な表情のまま給湯室に入っていった。2体のアレの様子を外から見守る。加神が入って、こちらを振り向いて「で?」という頃には、アレは会議室の時と同じように弾けて消えていた。


「はやっ!!!」


 思わず声に出してつっこんでしまった。


「え?なに?何が起きてるの??」


 私の様子を見て丸山さんが反応した。


「す、すみません。もう一ヶ所ためしてから言います。加神さんすみません。行ったり来たりになってしまうんですが、6階に向かいます」

「はぁ…」


 加神がさらに怪訝な顔で返事をした。

 6階のアレは私の見解では本社内で一番性質の悪いやつ。それで同じようなことが起きたら他のアレは加神にとって、雑魚とみなして良いと思う。


 6階の書庫…ここにいるアレの性質が悪い理由は“物理的・心理的に影響を及ぼすことができる”個体だから。第2会議室のアレの場合はメンタルが相当落ちている時に長時間会議&週の回数の積み重ねで、更にメンタルが落ちるのだけど、ここは違う。一発だ。でもって、私はこいつから発せられる負のエネルギーに気圧されしまってダイレクトに影響を受けやすい。それに見た目が怖い。

 そして何よりも、意地が悪い。


 ただそこに漂ってるタイプは意思を持たないのが多く、同じことを繰り返すだけだったりなのだが、稀に意思らしきものを持つタイプが存在する。これはかなりやっかいだ。攻撃的なものが多い。

 この書庫にいるのはまさに後者のタイプで、獲物を選別している節がある。視える・感じると分かるとちょっかいをかけてくるのだ。

 視えない人間の時は不自然に物を何度も落としたりして怖がらせて楽しんでいる。


 そして、これだと狙いを定めた獲物には苦しみを増幅させるように働きかける。自分と同じように苦しませたいらしい。

 さっさと成仏すりゃいいのに。どうやって成仏するのかは分からないけど。


 奴は、書庫の奥にいる。私は加神を盾にするようにして奥に進んだ。


「オイ」


 突然耳元で声をかけられた。


「うひゃあ!」


 思わず尻餅をついてしまう。


「なにしてんだ?」


 加神が怪訝な顔で振り向いた。尻餅をついたまま横を見ると、ニタニタ嬉しそうに笑うアレがいた。ほんっと意地が悪い!…さすがに加神が近づいただけでは消えないか。

 加神が手を差し伸べてくれる。それにつられるようにアレが加神を見た。


「おぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"…」


 アレがおかしな声をあげた。こんな状態は初めて見る。突然、頭の中に色んなビジョンが飛び込んできた。

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