第4話 加神道真はうるさい

 新任者、加神 道真は長身のそこそこイケメンだった。細身のスーツを着こなし、ちょとたれ目で笑顔になると柔らかさと可愛らしさを醸し出していた。見た目は女受けするだろう。営業で培われたコミュ力もポイントが高い。オフィスにいる私以外の女性が「おっ?!」と好奇心と肉食丸出しで色めきだった。


 私、以外は。


(こ、この人うるさいっ!!!!)


 社会人らしくにこやかに話しているが、彼から発せられる非言語の圧力がすごい。なんでこんなにしっちゃかめっちゃかなの?幼児や思春期の学生にはよくある事だけど、社会人でここまで混とんとした人は滅多に見かけない。思わず、眉をしかめてしまう。


「-で、こちらが最上さん。アシスタントをしています」


 丸山さんが私を加神に紹介した。ちょっと彼に飲まれ気味で意識を飛ばしていた私は慌てて彼に向き直った。


「はじめまして。最上と申します。人事部のアシスタントをしております。加神さんとは案件でやり取りを頻繁にしますので、これからよろしくお願いします」


「はじめまして。こちらこそ、よろしくお願いします」


 加神がにっこりと爽やかに笑って私を見た。見た目と愛想はいいんだけどねぇ…。


「えぇと、じゃあ加神君にはさっそく現地に向かって欲しいから詳細を説明しようかな。ちなみに加神君が所属するのは人事部付となります」


「へぇ。珍しいですね。セクションが全然違うのに、人事部付なんですか」


「そうなんだよ。けっこう特殊でね。でもそこだけは成果主義だから、働けば働くほど評価に繋がるんだ。加神君にはそれだけ期待してるってことだからさ」


 丸山さんがそう嘯いた。ほんと、調子がいいなぁ…。だから後でもめることになるんだけど。まぁ、もめても続ける人は続けるんだけどね…持たないだけで。

 加神を見るとヘラヘラしていた。ホントに浅慮な人かもしれない…。


「最上さん、加神君の作業服とかを持って来てくれる?第2会議室に移動するから」

「あ、はい」


 うわぁ…いやだな。第2会議室には“アレ”がいる…害はそんなにないけど見てて気分の良いもんじゃない。ただし、メンタルが落ちてる人が“アレ”の側に長くいると更にメンタルが落ちるという意味では害は多少あるけど。

 重い気分で丸山さんたちの後について第2会議室に入った私はそこで信じられないものを見た。


 いつも、隅にある電話台の側にいる“アレ”が、私たちが会議室に入った時にこちらに反応したのだ!いつも何にも反応せず、膝をかかえてうずくまっているだけの“アレ”がふと顔を上げてこちらを見た、そう思った瞬間…


“アレ”が弾けて消えたのだ。


「はっ?!」


 驚きすぎて思わず声に出してしまった。


「え?どうしたの?最上さん」

「あ、いや…えぇと、その…」

「ま、いいや。さて、では説明を始めようかな」


 何が起きたのか整理がつかずに意味不明な受け答えをしてしまうだけの私に怪訝な顔をした後、大したことじゃないと判断した丸山さんが加神に業務内容を説明し始めた。


「まず、加神君のお仕事は物件解体の現場監督です。それはもう知ってるね?」

「えぇ。全国を飛び回るとも」

「そうなんだ。実は、加神君が請け負う現場はちょっと特殊でねぇ…第1解体部門がお手上げと判断した物件を扱う部門なんだよ」

「はぁ…お手上げとは?」

「うーん…そうだね。ズバリ言うとね、事故物件ってやつだ」

「じこぶっけん」

「そう。事故物件。聞いたことあるでしょう?元々は心理的瑕疵しんりてきかしあり物件と呼ばれていたものが、一部で隠語として使われていた事故物件の呼び名で定着しているのが最近の状況なんだよ。心理的瑕疵、つまり物件そのものに物理的な問題があるわけではなく、過去にその物件で自殺や殺人があったり、墓地や宗教施設が隣接していて借り手が心理的抵抗を感じる物件の総称だね」


 加神が豆鉄砲を食ったような顔をして、ぱちぱちと数回瞬きをした。口をぽかんとあけて間抜けな顔をさらしている。

(そりゃ、そういう顔になるわよね…)

 毎回、この瞬間だけは、美味しい餌に釣られた彼らといえどもちょっとだけ気の毒に思ってしまう。

 しばらくそのままで理解不能な顔をしていた加神が口を開いた。

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