第3話 初出勤

「やっぱり、朝は挽いた豆の珈琲だぜ」


 久しぶりの贅沢についつい鼻歌が出てしまった。あの後の面接はとんとん拍子に上手くいき、即日採用だった。まぁ、俺様ともなれば当然だな。最近はインスタント珈琲でしのいでいたが、今日からは挽いた豆の珈琲が飲める。とはいえ豆の種類なんてよく分からんのだが。香りが違うしな。インスタントよりはうまい…うん…多分。

 今日は初出勤だ。全国を飛び回るかなり忙しい部門らしいが、そこも俺様にぴったりだ。前任者が深刻な体調不良で急に辞めることになり、やる気と体力・気力がみなぎる俺様のような人材を探していたらしい。


「さて。そろそろ出るか。初出勤で遅刻があっちゃ心象が悪いしな。こういうところはビシッとしないとな」


 スーツは肩がこるが、気が引き締まる。うん。やはりこのデザインは俺のスタイルの良さが映えるな。気を抜くとスキップしそうになる。デキル男は渋さを出さねば。足取りも軽く駅へと向かった。



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「新任者、今日からですよね?配属先はもう伝えてあるんですか?」


 丸山さんに確認する。作業服はS~Lと予備があるけど、標準サイズしかないため、規格外は採寸後に発注が必要になり、貸与するまでに時間がかかる。


「ん?あぁ。伝えてあるけど、まぁ、よく分かってはいないな」

「えぇ?大丈夫なんですか?その人の担当って、例の業務ですよね?」

「あぁ。でも多分大丈夫だぜ。おだてりゃほいほい引き受けるタイプの浅慮カテゴリーの奴だから」

「えぇ~。嫌ですよ?またもめるの」

「大丈夫、大丈夫。それより、適正みてやって?」

「…ワカッテマス」

「そんな嫌な顔しないでよ~。君しかできないんだからさ?ね?」


 調子よくこちらを拝んでくる丸山さんを見て、ため息がでた。丸山さんは何も視えないんだから私が適任ってことは分かってる。分かってることと納得することは別だ。私は怖いことが嫌い。嫌なものほど引き寄せる、そんな理不尽なことが世の中には存在する。これもそのひとつだ。

 今度の新しい人にどうか、適正がありますように…私は会った事も見た事もない神に願った。適性があってもなくても根性さえあればなんとかなる。そんなお仕事だけど。

 丸山さんの内線が鳴った。


「お?来たか?」


 時計をみると10時10分前。おそらく、新任者が着いたとの連絡だろう。私は大きなため息をついて気合を入れ直した。


「新任君、きたよ。じゃあ迎えに行ってくるから」


 丸山さんが笑顔で席を立って受付へ向かった。前任者が急にとんでそれからずっと後がま探しで顔色が悪かったけど今日は肌艶がすこぶるいい。採用してから毎晩ぐっすり寝れているらしい。倒れられるよりはいいけど、あまりにも好調だとちょっと憎らしく思えてくる。


「おはようございます!」


 新任者のための諸々を準備していると、場違いなほどに元気な声がオフィスに響いた。入り口をみると笑顔の丸山さんと新任者が立っていた。今の挨拶は新任者らしい。張り切っちゃって、まぁ。…その張り切りがいつまで続くかなぁ。

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