第11話 ホタルと水戸黄門からの宿題
天下分け目の関ヶ原、
となると桜田門外の変は起こりようもなく、下田・函館はもちろん横浜・神戸も開港せず、米国領事のハリスや英国領事オルコックは一度も日本に来ることなく幕末の
開国鎖国に尊皇攘夷、勤王か佐幕かといった国論を分けた大動乱も起きないまま平穏に徳川幕府は18代将軍の
神田小泉町の一角、
江戸随一の料亭「
「それにしても、こうして3人だけで会うのって久しぶりだよね」
「サクラの言うとおりだわ。なにせホタルは外出もままならない、どこに行くにも
と、カホルは3人の中でいちばん
「箱入り娘言うな!」
薄紅の
「だってそうじゃない。水戸の殿様のところに行くとか市村座の
カホルがたたみ掛ける。
「うっ」
色白で透きとおるような素肌をしてはいるが、中身は男子高校生であるホタルが言葉に詰まった。
「だからこうして、私たちの方からわざわざアンタのところに来てあげてるんじゃないの」
そう言うカホルは、長い髪をポニーテールにした
「それもあるけど、ホタルんちは料理屋さんだから何か美味しいもんご馳走になれるかもしれないしね!」
ポッチャりした体を
「サクラ、アンタは食べることしかないんかい!」
と、廊下を軽い足音が近づいてきた。
「お嬢様、こちらにお茶をお持ちしました」
「ありがとう。さよ」
敷居に控えたホタル付きの女中さよは手に盆を抱えている。
「うわあ~♪なんかあるよ!その
「こら!サクラ。ほんと、あんたときたらハシタないんだから」
そんな様子にさよが笑いをかみ殺している。
「さよ、今日のお茶うけはなにかしら?」
「お嬢様方がお揃いということで旦那様が甘いものがいいだろうと仰って、丁度仕入れて参ったばかりの
「うわ~あ♪ヨウカンだぁ!」
「ありがとう。後はやっておくから下がっていいわ」
「はい。お嬢様」
さよが盆を置いて行ってしまうと、さっそくサクラはサッと手を伸ばして羊羹にかぶりついた。
「あ~しあわせぇ!甘いものなんて、ほんと久しぶりなんだもん」
「あのなあ、いくら飢えているからって私たちといっしょに食べるまで待てないのかね?」
「サクラ知ってるんだぁ。
「ちっ。なんも聞いちゃいないし」
「ま、いいけど。ほら、オレの分も食べていいよ。サクラ」
「わ~い!やっぱホタルは男の中の男の子だねぇお兄ちゃんだねぇ」
と言ってまた一口美味しそうにかぶりつく。サクラのいかにも感に堪えないといった表情に、ホタルもカホルも苦笑するしかなかった。
「で、ホタル。水戸黄門から出された宿題はできそうなの?」
先日、小石川にある水戸徳川家の上屋敷に呼び出された際に水戸中納言
「それがさあ、まだ水戸のご家老さまから手紙が届いていないんだよね」
「そっか。ホタルが親に切り出すにしても、タイミングがあるものね」
なにしろバターやチーズにクリームも存在していない世界なのだ。前にいた21世紀の料理を作るためには材料から用意する必要があるのだ。
「そうなんだよ。うちは料理屋だけに動物系食材はタブーだから、余計に拒絶反応を示すんじゃないかと思ってさ」
「動物系食材ぃ?しばらくたべてないなぁ。あ~焼き肉食いてぇ」
羊羹を食べ終えたサクラがため息をつきながらしみじみと言った。
「サクラ、アンタはそういうことにだけは直ぐ反応するんだから!でもさ、ホタル。どうして江戸時代だとお肉を食べちゃだめなの?」
「うん、それがさ・・・」
徳川幕藩体制によって平和な世の中が長く維持されたのにはいくつかの要因があった。そのひとつが宗教。
戦国時代のさなかフランシスコ・ザビエルによってキリスト教の布教は始まったが、唯一絶対神の名のもと他宗教を排斥する
同時に幕府は
そして仏教の教えには
「・・・というわけで江戸時代は肉食がダメなんだよ」
「そうなんだ。どうりで毎日魚か豆腐か卵ばかり食事に出て来るわけか」
「あ~肉食いてぇ。カルビとハラミ食いてぇタン塩もいいなぁ」
「ま、動物由来っていっても肉じゃなくてミルクだったら牛を
「え?江戸時代って牛乳を飲む習慣あったの?」
カホルが当然の疑問を口にした。
「一般的にはなかったかも。なにしろホルスタインやジャージー種が日本に入って来たのは明治時代以後だから、乳牛がいたかは分からないけれど平安時代に
「そっか!源氏物語の車争いね。葵の上が六条御息所の牛車を壊して恥をかかせた奴か」
「そうそう、よく知っているね。カホル」
「ふふっ女の子なら当然の
カホルが胸を張る。
「カホル、あんたの読んだのはコミックだったでしょ、確か」
「あっこら!サクラ、おだまり!」
痛いところを指摘されてカホルが赤くなった。
「マンガか。いいんじゃないの?むしろ紫式部の描く昔の言葉で書かれた物語を絵で伝えてくれている分、君たちにも平安時代の世界に入りやすかったはずだよ」
「あっ、なんか上から目線!感じ悪~う、ホタル」
「だって仕方がないじゃないか。オレ、古文の授業で源氏物語に興味をもって、与謝野晶子版と谷崎純一郎版の現代語訳を図書室で読み比べてみたんだ。だから、ちょっとは詳しいかも」
「へ~ちょっとは詳しいかも、だって。江戸検1級を
「あのね、平安時代と江戸検は関係ありませんから」
「ミルクかぁ。いいな~あ~クリームシチュー食べてぇチョコレートパフェ食べてぇ」
「サクラ!いい加減にしなさいよ!」
ともかく、万七楼に家老から書状が届いたタイミングでホタルが親に相談してみることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます