第4話 江戸市中へ
「もう口をきく元気もないよぉ・・・」
サクラが
「江戸時代って馬車とか乗り物はないの? もう歩けないよ」
とカホル。
「馬と
「どうして?」
「うん。おもに軍事上の理由と既得権益を保護する目的なんだけど、要はあまり便利にしない方が平和が守られるって考えているんだろうね」
「ふ~ん。それにしてもカホル。アンタはいいわよ」
「どうして?」
「あ~あ。これだから体格に恵まれた子は鈍感だって言うのよ」
「どんかん? わたしのどこが鈍感だって?」
「だってそうじゃない。あんたが5歩で済むところを私たち7歩もかかって歩いているのよ? 同じ距離でも歩数が全然違うんだから! ね、ホタル」
「い、いっしょにすんな!」
そう言うと、ホタルは大股で歩きはじめた。
「うふふ。無理しちゃって!」
「ホタル! 大股で歩くと浴衣の裾がめくれちゃうわよ!」
「これこれ、勝手に先に行ってはいかん! なんちゅうお転婆娘じゃ」
吉祥寺村から引率してきた村役人が、足早に追い越していったホタルに向かって声を張り上げた。
「ごめんくださりませ。吉祥寺村の名主、
呉服橋の広場の正面にどっしりと構える武家屋敷の門前で、村役人が門番に訪いを告げた。
「そうか、ここが北町かぁ!」
ホタルが感に堪えないという表情で立派な意匠の長屋門を見上げる。
「え? ここって北町なの? 吉祥寺北町なの?」
「そんなはずないでしょ! まる1日歩いてきてるんだからアンタが住んでいた北町のわけないじゃない。ホタル、北町っていったいなんのことよ?」
「北町奉行所だよ」
ホタルにそう言われて門を見渡すふたり。両サイドに家紋の入った提灯が飾られているだけでなにも看板等ははなく、紋付羽織姿の町人が出入りしていた。
「どこにも表札なんか出ていないじゃない」
「なんで分かるのよ?」
「テレビや映画とは違って実際には奉行所に表札はないんだかったそうだ。さっき呉服橋を渡ったろ? その正面にあって武士だけではなく町人たちも門から出入りできる所と言ったら、北町奉行所しかないんだよ」
「ふ~ん。ホタルは何でも知ってるんだね」
サクラが薄目を開けて、いかにも興味なさそうに言った。
「なんか嫌な言い方。ま、それはともかく、いまオレたちがいるのは北町奉行所だ」
「あっそ。で、北町奉行所って何するところ?」
再びサクラが興味なさそうに尋ねた。
「え・・・『遠山の金さん』とかで見たことないの?」
「だから、時代劇って趣味じゃないんだってば!」
「さっき趣味じゃないって言ったのは、SF小説だったぞ?」
「どっちもよ。めいっぱい今を楽しまなきゃならない女の子にとって、過去も未来も妄想している暇はないの」
と、門から小者を連れた若い同心が出てきた。
「娘さん方、ちょいとごめんよ」
たむろっていたカホルたちの間を
「・・・」
「・・・」
「どうしたの? ふたりとも、急に無口になったりして」
ホタルが覗き込むとふたりとも目がトロンとしている。
「意外と時代劇っていいかも♪」
「サクラ、そうじゃないわ。この世界が時代劇そのものなのよ! 私たちにとっては、これが今なのよ♪」
「やっぱり女の子は現実の世界の中で夢見るのよねぇ♪」
「うんうん♪」
さっきまで足が痛いの、お腹が空いたのとブチブチ不平不満を言っていたのに、が然元気になってしまった。サクラとカホルの変貌ぶりに呆気にとられるホタルであった。
「で、その方。ホタルじゃな?」
「・・・はい」
3人は北町奉行所の一室で
「届け書きによると、行方知れずになったとき十二だったというが、この三年でなかなかの美形に育ったものじゃ。少々背は高いが色白で
「・・・」
羽織袴で
「よかったじゃないの、ホタル」
「そうそう、綺麗だって言われるのが女の子にとって何よりなんだよ」
「ううっ・・・」
サクラとカホルが、ホタルの心中穏やかならざるを知りながらわざと茶化す。
「そして、その方がカホルか?」
「はい!」
「これは元気のよい娘じゃ。さすが男勝りの背丈をしているだけのことはある」
「お、男まさりぃ?」
「それはそうであろう。その方と肩を並べれば大方の男は小さく見えてしまうからな」
そうなのだ。江戸時代の日本人は思いのほか背が低く、男性は155~158センチ、女性は143~146センチくらいであったという。156センチのホタルとサクラですら女性としては10センチ背が高いのだから、170センチもあるカホルは文字通り“
「無事帰って来たはよいが・・・三年でこんなに大きゅうなっては、親御さんもさぞ心配なことだろうて」
「ううっ ぐががっ!」
いまにも暴れ出しそうなカホルを、あわててふたりで両側から抑え込む。
「よろしい。その方ら、確かに行方知れずになっておった娘三人のようじゃ。お奉行に神隠し事件は万事解決してござったと報告する。では、小者を遣わしてその方らの親御に引き取りに来てもらうこととしよう」
「かほるぅ!」
「さくらぁ!」
「ほたるぅ!」
呼び声とともに廊下を急いで近づいてくる足音が御用部屋の外で止まった。
「ほれ、その方らの迎えが来たぞ」
吟味方与力が娘たちをうながすが、入口にたたずむ6人の顔を見て3人とも絶句したままだ。
というのも男性は
「三年ぶりじゃ親の顔も忘れたかのう。仕方ない、
「は、はい。こちらに」
「
不安そうな素振りでカホルたちの方を振り返りながらサクラが前に出る。
「さ、さくら!」
母親と思われる女が人垣をかき分け出て来るなりサクラをひしと抱き寄せた。パラレルワールドの母は
「よかったのお、では次。
「はい。手前にござります」
「娘御ほたる、前に」
「は、はい・・・」
ホタルが
「ああ、ほたる!」
裕福な商家の
「美しゅうなったのぉ」
父久右衛門は母娘が抱き合う姿に目を潤ませながらも嬉しそうだ。
「そして
「
「娘御かほる、前に」
「はい!」
カホルが元気よく立ち上がる。
「おおっ!」
「なんと・・・」
冬影主水と女房は息をのみ、絶句したまま“少女”から“大女”へと変わり果てた娘を見上げた。
こうしてサクラ、カホル、ホタルの3人は北町奉行所で“親子”の対面を終えた後、それぞれパラレルワールドの自宅へと引き取られていった。
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