第3話 消えた娘たち
「お~い、ありましたぞぉ! 今を去ること三年前。
吉祥寺村の名主
「・・・どうしよう」
近づいてくる足音に、ホタルが困惑した表情でつぶやいた。
「なにが?」
「なに心配しちゃっているのよ?」
カホルとサクラは、事態がのみ込めず
「だってさ・・・」
ホタルがそう言った途端、勢いよく
「娘さんたちの身元がわかりましたぞ! ほれ、ここにこう書いてある。幼な馴染みの娘三人が手習い塾へ行った帰り道、一緒に
「でも、どうしてそれを私たちのことだって思うんですか?」
カホルが尋ねる。
「そりゃあ娘三人がいっぺんに神隠しに遭ったなんて、そうそうあることじゃないからな。それに、名前がお前さんたちと同じだ」
「う・・・やっぱり」
ホタルは絶句した。
「いいかい、読んできかせてあげよう。行方が知れないのは、
「カホル!」
カホルがびっくりして自分の名前を口にする。
「
「サクラ! 私と同じ名前だわ!」
驚きで目がまんまるになったサクラも叫ぶ。
「
「ホタル・・・やっぱりパラレルワールドだったんだ・・・」
ホタルだけが暗く浮かない表情でつぶやく。
「いやあ、おどろきましたぞ。江戸十大道場のひとつ『百鳴館』に幕府御用能楽師吉祥流お家元、今をときめく料理茶屋番付筆頭『万七楼』。皆いいとこのお嬢さんだったわけですな。さっそくお奉行所に届け出て親御さんたちに知らせてもらうとしましょう。よかったよかった」
甚右衛門は、自分の調べにより身元が判明できたので満足そうに廊下を戻って行った。
「ね、ホタル。どういうことなの? 説明してくれる?」
「・・・やっぱりパラレルワールドだったんだよ」
「パラレルワールドってなに?」
「はあ・・・」
ホタルは、ひとつため息を吐くと話しはじめた。
「パラレルワールドって聞いたことない? 『並行世界』のことだよ」
「並行世界・・・パラレルワールドをそのまんま日本語に置き換えただけじゃないの。余計わかんないわよ」
「SF小説ではごく普通のシチュエーションなんだけどな」
「読んでないもん。趣味じゃないし」
サクラがぷうっと頬を膨らませる。
「並行世界は並行宇宙とも言うんだけど、この宇宙がたったひとつ存在しているわけではなく、同時に進行している別の宇宙世界もあるという理論なんだ」
「別の宇宙世界?」
「そう。それも無数にあるんだよ。よく言うじゃない『もしあの時○○だったとしたら』って。そういう選択肢の数だけ分岐した別の宇宙世界が存在しているんだよ」
「無数にねえ・・・」
カホルもサクラも、まるで納得がいかないという表情だ。
「普通は決して交わることがないからオレたちには認識できないんだけれど、なにかの
「とんでもない事態?」
「そう。たまたま交差する地点に物体がいたとしたら、電車が
そう言うと、ホタルはふたりが理解できたのか確認するように間をとった。
「・・・なるほどね。だったら行方不明になった3人娘は、やっぱり私たちじゃなかったんじゃない!」
「・・・そうだよね。たまたま名前が同じなだけで、私たちとは縁もゆかりもない家の子だもんね。やっぱり私たちとはなんも関係ない3人なんだよ」
「いや、そうじゃないんだよ。分かってないなぁ」
ホタルはがっかりしたように頭を横に振ると腰に手を当てた。
「え? どうして?」
「SF小説だって物理法則には縛られているんだよ? エネルギー保存の法則に従うなら、オレたち3人がこっちの宇宙に来ている以上、元の宇宙の方に同等同質の3人が行ってしまったはずなんだ。入れ替わってしまったんだよ!」
「・・・あれ? でも、変よ。さっき甚右衛門さんは『3年前』って言ってなかった? 私たちが来る3年も前に行方不明になっていたのよ! それってすっごく変じゃない?」
「うん。いい指摘だ。だけどそれも説明がつくんだよ」
「ホタル、アンタさっきから上から目線ね。なんかムカつくぅ」
カホルが
「し、仕方ないだろ。知っている側が知らない方に教えているんだから。説明を続けるよ? これって多次元宇宙の話なんだよ」
「多次元・・・宇宙?」
「なんだか頭がこんがらがってきちゃった」
サクラが諦めたように両手のひらを上に向け肩をすくめた。
「オレたちのいる世界が『3次元』だっていうのは知っているよね?」
「縦、横、高さね」
「そう。2次元の世界は平面xyで、そこに高さあるいは奥行ともいうけどz軸を加えたものが3次元となる。それに4つ目の軸を加えると『4次元』になる」
「4つめの軸って?」
「時間だよ」
分かっているんだか分かっていないんだか、カホルもサクラも無言のままフリーズしてしまった。
「2次元生物は平面しか移動できないけれど、オレたちは3次元生物だから空間を移動できる。同様に4次元生物は時間も自由に移動できるんだよ。4次元宇宙からみれば3年なんてほんの誤差範囲でしかないんだ」
「・・・ふ~ん。でもさ、3年が誤差の範囲なのはいいとしてアンタ、久右衛門の娘ほたるって言われていたよね? どうして娘なのよ!」
「・・・だから、こっちの世界ではホタルという存在は女の子だったんだよ」
ホタルはいちばん痛いところを突かれた、という表情で苦しそうに言った。
「なるほど・・・ってことは? 私たちいったいどうなっちゃうの?」
「元の世界にもどることはできるの? 戻れるよね?」
「・・・そんなことオレにだって分からないよ」
「2度と戻れなかったらどうしよう・・・」
「・・・お母さん心配しているだろうな」
「それはどうかな」
思わぬ発言だったのか、ふたりはホタルの顔を穴のあくほど見つめた。
「それ、どういう意味?」
「オレたちが消えた後、入れ替わりに向こうに行った3人が代役をつとめているかも・・・」
「自分の子供じゃないのに変だとは思わないの?」
「自分の子供なんだよ。別の世界で生まれ育ったというだけで」
「こんな時代劇の世界から行ったのよ? それでも変だとは思わないの?」
「少しは変だとは思うだろうさ。でも、顔も姿もそっくりで指紋もいっしょ、DNA検査しても鑑定結果が本人のものだとしたら?」
「・・・それは信じるしかないかも」
「だろう? 神隠しに遭って変な世界で暮らしてきたせいでおかしいんだとは思うだろうけど、別人だとは思わないよ」
「だとしてもホタル、アンタの親はびっくりしているだろうね」
理解を超えている事態と、ホタルの上から目線に
「どうして? あ、いきなり女の子になって帰ってきたわけか・・・」
「そうよ! 女の子みたい、と女の子、では相当違うからね」
「むむっ・・・」
サクラも何かを思いついたのかパッと表情が輝いた。
「意外と『この子の願いが叶ったんだわ』って喜んでるかも!」
「ど、どういう意味?」
「ホタル。アンタって昔から女の子みたいだったじゃない? お母さんは『女の子に産まれてきたかったのに、男に産んでしまってゴメンネ』って思っていたかも!」
「そ、そんなことないって。オレ、男が嫌だなんて一度も思ったことないからね!」
「さあ、どうだか? ね、カホル」
「うん。こんな可愛い顔していて女の子じゃないなんてもったいないわよ!」
と言いながら、ふたりはホタルの頭を
「ともかくさぁ、私たち、これからどうしたらいいのか考えようよ」
「考えたって無駄さ。神隠しに遭ってこの世界の3人娘と入れ替わってしまった以上、その3人に成りきって生きていくしかないよ!」
ホタルが頭の上の手を振り払いながら言った。
「じゃあ、アンタはこっちでは女の子として生きていかなければならないわけね!」
「・・・そうなんだよ。だからさっきから困ったことになったって悩んでいるんじゃないか」
「仕方ないじゃないの。この世界で生き延びるしか手はないんだもん。前向きにならなきゃね!」
「江戸時代かぁ。てことは『男女7才にして席をおなじゅうせず』だよね? ホタル、アンタが私たちと一緒にいたいと思うなら、女の子やるしかないよ!」
「うんうん! それだね。アンタのことを生まれたときから女だって信じ込んでいるんだもの、絶対大丈夫よ!」
「ふたりとも、
こうしてホタル、サクラ、カホルの3人はパラレルワールドの両親が待つ江戸市中へと連れて行かれることになってしまった。
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