第2話 星間ゲートは空間を移動するだけではなかった!?

「ううっ・・・」


最初に意識がもどったのはホタルだった。手足を動かしてみると痛むところはない。身体が無事なのを確かめて改めてまわりを見渡してみる。目の前には原生林の暗がりが広がるばかりで灯りが見えない。


「ここは・・・薮不知やぶしらずの中? それにしては繁華街のイルミネーションが見えないけど・・・」


場所からいって薮不知は吉祥寺の繁華街のすぐ傍にあるから、デパートやファッションビルのネオンサインの瞬きが見えないはずはなかった。


「ううんっ・・・」


女の子の呻き声がした。


「カホル? サクラ?」


手探りで近づくと丸くて柔らかい温もりに触れた。


≪プニョ≫


「きゃあああああああ! 何すんのよ! このドヘンタイ!」


≪ピシャッ≫


「痛え! そんなことより大丈夫なのか? カホル」

「そんなことじゃないわよ! アンタ今どこ触ったと思っているの? 幼馴染だからって絶対許さないからね!」

「暗くて見えなかったんだよ。それより、サクラは?」

「ううっ・・・ここよ。暗くて見えないけど私もすぐ近くにいるみたい」

「3人とも無事のようだね。ともかく明るいところに出よう」


藪だらけの原生林をかき分けながら抜け出てみると、星明りのある野原に出た。


「ここって吉祥寺・・・じゃないよね」

「どうやら違うみたいだな」

「どこにも街がないもんね」


3人とも一瞬黙り込む。


「ひょっとして・・・わたしたち・・・」

「そ、そんな・・・」

「だけど・・・もし星間ゲートを通ったのなら他の惑星に着いているはずだよね?」

「・・・・・・」


3人は途方に暮れたように背の高い雑草の生い茂る荒れ野を見回した。遠くに人家があるのかポツンと家の灯りが見えた。


「ともかく、あそこまで行ってみようか」

「うん。このままじゃ、何が起きたのかも分からないもんね」


荒れ野の先は田畑が広がっていた。星明りに大根やネギ、ほうれん草やカボチャが整然と植えられているのが見える。下肥の臭いがツンと鼻をつく。


「日本・・・みたいだね」

「うん。くさいけど、この臭い嗅いだらなんだか安心しちゃった」

「あ! あそこに道があるわ」

「よし。行ってみよう」


3人は野菜の株の間を抜けて畦道あぜみちに出た。真っ直ぐ灯りのある方へ続いている。一列になって歩き出したが急にサクラが立ち止まった。


「ねね、待って。あそこに行ったら何て言うつもり?」

「・・・」

「・・・確かにオレたちの状況って、説明しても信じてもらえないかも」

「日本語さえ通じるなら大丈夫よ。当たってくだけろって言うじゃない!」

「楽観的というか・・・カホルはめちゃめちゃプラス思考なんだね」


カホルを先頭に3人は再び細い畦道を一列になって進み始めた。






「やっぱりここは日本なんだ」


月明りに照らされた“これぞ日本”という感じの藁葺わらぶき屋根を見上げながらホタルが呟いた。


「よしゃあ! だったら言葉は日本語でOKだね。すみませ~~~ん!!」

「ちょ、ちょっと!!」


止める間もなくカホルは剣道の気合いで鍛えた大声でおとないを告げてしまった。


「こんな夜更よふけになんじゃろか・・・どなたさんかな?」


ゴトゴト音をたてて引き戸が開くと、室内の灯りを背後に浴びて黒い影が立った。一瞬その影が戸惑ったように動きを止める。


「ほほう。娘が三人おるわ。それも別嬪べっぴんぞろいときたぞ。こりゃあ、月夜に浮かれて裏山から狐と狸が出てきたに違いないわい。ツルカメツルカメ、騙されまいぞ」

「おじさん。わたしたち狐や狸なんかじゃありませんよ」

「む。口をききおるぞ」

「そりゃあ人間ですから。ほら、尻尾生えてないでしょ?」


そう言いながらカホルはくるりと回ってみせた


「確かにな。お前さんらこんな遅くにどうしなすった?」

「実は・・・その・・・迷子になってしまったんです!」

「迷子? ふむ。ともかく中に入んなさい」


黒い影に手招きされて家の中に入ってみると、土間続きの板の間に切られた囲炉裏端で老婆が何かを煮込んでいた。


「こ、こんばんは」

「ん? どなたさんかな?」


目をショボショボさせながら老婆はこちらを向いた。


「おっ母あ。この娘さんら道に迷ったんだと」


そう言いながら黒い影がこちらを振り返る。囲炉裏の灯りに男の姿が浮かび上がった。


「え? うっそ!」

「ちょ、チョンマゲぇ?」

「タイムスリップぅ?」


3人が呆然となったのは無理もない。どう見ても時代劇に出てくるお百姓さんだったのだ。






事情は分からないながら若い娘たちを夜中に追い出すわけにはいかないと、その晩は家の中に泊めてくれることになった。


「どうして江戸時代なんかに・・・」


3人は身を寄せ合いながら、板の間の端で寝付けない夜を過ごしていた。


「まだ、江戸時代と決まったわけじゃないよ」

「どうして?」

「あの人、チョンマゲ好きの現代人かもしれないだろ?」

「そんなことないよ。年季の入った地毛だったし、チョンマゲ好きだったらもっとカッコいい町人か侍のにするはずだもん」


不安に声を震わせながらサクラが言った。


「江戸じゃなくて室町時代や鎌倉時代だってこともあるし・・・」

「そんなことより、星間ゲートがなんでタイムワープするのよ?」


さしもの気が強くてプラス思考のカホルが不安そうな声で言った。


「確か・・・アインシュタインの特殊相対性理論によれば、光の速度で宇宙空間を移動した場合には時間のずれが生まれるんだっけ・・・星間ゲートは光速を超えて瞬間移動できるのかも・・・ということはタイムマシン・・・」

「ホタル。やっぱアンタは理系女なのね」

「リケジョちがう!」






「ほらあ! やっぱりみ~んなチョンマゲに日本髪よ! 着ているもんだって着物じゃな~い!」


翌朝、3人はチョンマゲ男に連れられて集落の通りを歩いていた。結構繁華な家並みで商店が軒を連ねている。3人は売られている商品を物珍しそうに覗き込む。通り過ぎる人たちの方も立ち止まって3人を珍しそうに見つめて行く。


「・・・見た感じからすると江戸時代っぽいね」

「ホタルは歴史も得意だったよね?」

「そうだよ。ホタルはなんたら検定持っているんだもん。なに検定って言ったっけ?」

「・・・江戸検」

「そうそう! 江戸検よぉ! 何級だっけ?」

「・・・1級」

「おおっ! この時代バッチリじゃないの!」

「歴女でよかった」

「レキジョちがう!」






ひと晩泊めてもらった家は村のはずれだったようだ。そこから10分ほど歩いて着いたのは集落の真ん中、通りに面して建つ立派な屋敷だった。


「さあてここだ」


3人を振り返りながらそう言うと、チョンマゲ男は腰を低くして屋内に向かって訪いを告げた。


「もうし、お頼もうします。新田裏しんでんうらの作蔵にごぜえやす」

「おお作蔵どんか。おや? 後ろの娘さん方は?」


明るい外からは暗がりにしか見えなかったが、中から鷹揚おうような感じのしわがれた男の声が返ってきた。


「この娘ら道に迷った様子なんで」

「ほう、迷い子のう」

「夜遅くうちさ尋ねて来たもんで、てっきり狐か狸が悪さしに来たと思ったです」

「ふむふむ、確かにこんな別嬪さんが3人揃って暗くなってから尋ねてきたらそう思うわな」

「で、齢頃の娘さんらでしたで泊めてやったです。日が昇るのを待って旦那様のとこさ連れてきたっちゅうわけで」

「なるほどのう。ま、そんな所じゃ話もできまいて。中に入んなさい」


屋内の暗がりに目が慣れてくるとそこは三和土たたきになった土間だった。上がりかまちの先は畳の部屋が続いていて男たちが机を前に帳面つけをしている。奥には箱火鉢を前に老人がひとり座っていた。煙管きせるに火をつけるとふうっと紫煙を吹きながらこちらを見つめた。


「娘さん方、どちらから来なさった?」


3人は顔を見合わせる。しばらく逡巡していたが、ふたりに肘で脇腹を突かれたカホルが口を開いた。


不知藪やぶしらずから・・・です」

「ふむ? 不知藪に迷い込んでいたとな? ううむ・・・よく無事に出て来られたものじゃな。この村の者でも決して踏み入ることのない森じゃが・・・見たところ、娘さんらはここらの土地の者ではないようじゃな?」

「は・・・はい」

「親御さんはどちらにお住まいかな?」

「・・・ここではありません・・・んん・・・どう説明したらいいんだろ・・・」

「住んでいた家が分からんとな?」

「・・・うまく・・・説明できないんです。そ、そうだ! あの、ここってどこなんですか?」

「なに? ここがどこかも分からないとな? うむ、ここは吉祥寺村じゃ」

「吉祥寺・・・村。じゃあ江戸時代なんですか?」

「江戸・・・時代? なんじゃ、それは? 吉祥寺村は江戸の御府内ごふないではあるが」

「えっ! 吉祥寺が江戸の・・・御府内なんですか?」


思わずホタルが叫んだ。老人はカホルの後ろに隠れるようにしていたホタルを不審そうに見つめた。カホルとサクラはお互いに今の会話が理解できているか確認しようと目と目を見交わした。


「そんなことも知らんのか? かれこれ二十年になるかの、先代の十七代様の御世に吉祥寺村と連雀村までが朱引しゅびきの内とされ、お町奉行所の支配を受けるようになったのじゃよ」

「ええっ! 17代将軍? じゃ、じゃあ・・・今は・・・いったい・・・何年?」


ただでさえ色白のホタルの顔は、血の気が引いてすっかり青ざめてしまった。


「今年か? 文和十二年じゃよ」

「ブ、ブンナ? 聞いたこともない年号だ・・・西暦だと何年になるんだ?」

「え? セーレキ? なんのことだ? 干支えとならば戊子つちのえねだが」

「ツチノエ・・・ネ・・・今年は子年ねどしなんですか?」

「そうさ。ネェ、ウシ、トラ、ウゥ、タツ、ミィの子年だよ。ツチノエっていうのは茂るという字から草冠をとったという字を書くんだ」


西暦が使われ出したのは明治に入ってからだ。それまでは『慶応四年戊辰』のように和暦と干支が使われていた。和暦は大きな社会的出来事があるとしばしば変更されたので、通しで年を数える場合は干支の方が分かりやすい。干支は十干と十二支の組み合わせで、10と12の最小公倍数が60だから、暦の一巡りは60年となる。60歳を還暦と言うのはその為だ。


「戊・・・子・・・たしかオレたちの居た2008年も子年だったけれど・・・オレが知っている干支の出来事って言うと・・・壬申じんしんの乱に戊辰戦争ぼしんせんそうくらいか・・・あのお、ボシンからだと今年は何年目でしょうか?」

「戊辰ていうとツチノエタツかい? ええと、二十年前だな。それともさらにその一巡り前の八十年前かい?」

「戊辰戦争は“イヤロッパクン明治だね”の1868年だから、今がその20年後だとすると1888年、80年後なら1948年、さらにその後だとすれば・・・2008年・・・今年だ!」

「なにをぶつぶつ言ってるのだ。大体、戊辰の頃に戦はなかったがな。しかし、今がいつなのかも分からないとは困ったものじゃ」


呆れたように老人は呟いた。


「ところで・・・お、お爺さんは・・・どなたなのですか?」

わしか? 儂は吉祥寺村の名主なぬし甚右衛門じんえもんじゃよ」

「名主・・・さま」

「ともかく、親御さんが尋ね人で御上おかみに訴え出ていれば、お奉行所からここにもお達しがまわって来ているはずじゃ。まずは調べてみるとしよう。手代さんたち、事情は聞いたな? ひとつ調べものを願いますよ。作蔵どん、ご苦労だったね」






その後、3人は老人に仕える手代の男から名前と齢を訊かれてから奥の小部屋へと通された。身元が分かるまでそこで寝泊りするようにということだった。これでひとまず夜露をしのぐことはできる。


「ねえねえホタル。さっきひとりでブツブツ言っていたけれど、いったい何がどうしたっていうの?」

「私たちにも分かるように説明してよ!」


カホルとサクラは、不安を振り払うように大きく腕を振り上げながら尋ねた。


「う、うん。なんかとってもまずいことになっているみたいなんだ。ここは江戸時代だということは間違いないんだけど・・・」

「だったらお手のものじゃない! アンタ江戸検1級なんでしょ? 過去の出来事なんだから絶対当たる占い師、いいえ、アンタ予言者になれるわよ! ひょっとしたら大金持ちにだってなれるわよ! これって凄い楽しいかも♪」


楽天家だけあってカホルには薔薇色の未来が見えたようだ。


「ところが、そうはいかないみたいなんだ・・・」

「どうしてよ?」

「徳川幕府って何代将軍までだったか知ってるよね?」

「歴史は苦手なんだよぉ」

「私もよぉ」


ホタルはため息を吐いて、呆れたようにふたりを見つめる。


「最後の将軍は徳川慶喜とくがわよしのぶ大政奉還たいせいほうかんしたからその後は幕府じゃなくて明治新政府の時代になるんだよ。将軍としては15代が最後なんだ」

「15代か・・・あれ? さっき、あのお爺さん17代って言ってなかった?」

「そうなんだ」

「ふ~ん。結構な齢だったもの、きっとボケているんだわ」

「違っているのはそれだけじゃない!」


イライラしているのかホタルは思わず大きな声を出した。


「ここは吉祥寺村だって言ってたろ?」

「ま、星間ゲートがあるのが不知藪なんだから、江戸時代でも吉祥寺には変わりないはずよね」

「問題はそこじゃなくって吉祥寺村が御府内ごふないだってことなんだよ」

「ゴフナイ?」

「つまり吉祥寺村が江戸の町の中に含まれているということなんだ」


カホルもサクラも「何を心配しているのかちっとも分からないわ」という表情だ。


「私たちの住んでいる吉祥寺だって東京都だったじゃない。なら江戸の町でいいんじゃないの?」

「それがそうも行かないんだよ!」


ホタルはますます大きな声で叫んだ。


「明治2年に朱引しゅびきの引き直しがあったんだけど、あっ、朱引って言うのは今で言えば東京都の境目、県境のことなんだ。で、その内側が江戸の町になるわけで御府内って呼んだんだ。つまり、言いたいのは、明治2年でさえまだ吉祥寺は江戸ではなかったということなんだ」

「・・・だから?」

「・・・ということは?」

「ここは・・・オレたちの知っている江戸時代ではない!!」


なんと星間ゲートを通ってカホル、サクラ、ホタル3人の幼馴染が迷い込んだ世界は、明治維新を迎えることなくそのまま徳川幕府が続いているパラレルワールドだったのだ。


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