第六話 宗教かもしれない
ルリと伊藤がすでに甘い話に乗っている、あるいは捕まっている。目の前のメガネの女性は、相変わらず作り笑いを浮かべている。
「車でご案内します。あ、申し遅れました。わたしは有地さんの親御さんから依頼を受けている者で、
その女性の後ろでは、四人乗りのスポーツタイプの高級車がハザードを光らせていた。
警察を呼ぶか。しかし、本当にルリと伊藤が報酬目当てについていったなら。それに、本当に学校にまで話がついてしまっているなら。少なくとも、警察はすぐには動いてくれそうにない。
ここですぐに動けるのは、自分と、ホタルだけだろう。
「わかりました。それでは、うちに電話をかけさせてください」
ミハルは、昨日初めてかけた七海の電話番号にかけた。
またしても、三十秒ばかり待たされたが、七海は電話に出た。いったい、何をしているのだろう。父親がいないということは、働いているはず、だが。
「なに? ミハル」
昨日の声と同じだ。
「か……母さん。クラスメイトのことで話をすることになって。今日は学校休むから」
「そう? どこ行くの?」
ミハルは、説明できる人に代わる、と言って携帯端末を浅井に渡した。浅井は、はじめまして、とか、お世話になります、とか、通り一辺倒のあいさつをして、どこかの住所を言うと、息子さんをお借りします、と言ってミハルに携帯端末を返してきた。ミハルが電話に出ると、七海は、まあいいんじゃない、と言ったので、ミハルはそんなもんか、と思いながら電話を切った。
「これでどうかしら」
浅井は、ミハルを車に誘った。
「その前に、川辺さんと伊藤くんと話をさせてください」
ルリたちにはミハルがいると言い、ミハルたちにはルリたちがいると言う、ありがちな手口に騙されるわけにはいかない。
浅井は、いいわよ、というとカバンから携帯端末を取り出し、操作した。
「もしもし」
電話には、ルリが出た。
「川辺さん?」
「あ、七浦? 初めて学校サボちゃった。だってさ、謝金がさ。すごいんだよ」
どうも危機感が薄い。というよりも、金に目がくらんでいる。あるいは、カラオケボックスの一件以来、度胸でもついたのか。
「伊藤くんも一緒か?」
「まあね。なんか先に車に乗ってたし」
「今、どこにいるかわかるか?」
「たぶん、山の中かな。山の中にある宗教施設ってかんじ」
「宗教施設?」
そのとき、浅井が携帯端末を取り上げた。
「川辺さん? もうすぐ七浦くんたちと合流できるわよ。安心してね」
そうマイクに向かって言うと、浅井は電話を切り携帯端末を仕舞った。
「有地さんの相談で動いているのは事実よ。それとも、宗教団体とかかわるのはイヤかしら?」
浅井は、社員証のようなものを取り出した。そこには、三日月のなかから揺らめく炎が立ち上がっているような紋章が描かれており、「シニアプリーステス」という肩書と浅井朝霧の名前があった。
宗教団体だろうがなんだろうが、ルリと伊藤がいるのなら、行くしかない。それに、ホタルがいれば、きっとなんとかなる。
「冬妻さん、行こう」
ミハルが浅井としゃべっている間、ずっとホタルは黙っていた。
「冬妻ホタルさんね。あなたは親御さんに連絡しなくていいの?」
ホタルは浅井を見ようともしない。
「ミハルが行くならわたしも行くしかありません」
ホタルの様子が少しおかしい。なんだか深刻そうにミハルには思えた。浅井は肩をすくめた。
「それじゃあ、車に乗ってくれるかしら」
浅井は、後部座席のドアを開けた。ミハルとホタルが、くっつきあうようにして乗り込むのを見届けると、浅井は運転席に乗り込みエンジンをかけた。
そのスポーツライプのラグジュアリーカーは、小気味よいエンジン音とともに、法定速度を二割程度上回る速度で走り出した。
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