第二話 来るかもしれない
「歌わんのか? ならばわしが歌うぞ」
そう遥子は言うと、マイクを拾い上げた。そして、微妙にズレた音程の、微妙な下手さ加減で歌い終えた。
「このアニメ、わたしもよく見てたのよねー」
そう言って、遥子はルリに微笑みかけた。ルリは、いったい何が起こったのかまったくわからない様子だ。目の前の遥子は、あのときと同じジジイ/ババア口調の図書館員遥子と、ルリと同じアニメを見て育った世代の遥子。どちらだろうか。
「中村、ノリがおかしくね?」
伊藤も突っ込まずにはいられない。
「図書館員遥子さん。ルリさんを混乱させないでください」
ホタルは遥子を睨んだ。
「ほっほ。おまえさんはごまかせんか」
遥子は、あのときの口調に戻った。
「遥子の魂はもうこの体のなかにはおらんが、記憶はある。わしの転写された魂と記憶が混じり合い、その意味では、わしは遥子その人ともいえるんじゃよ」
何を言っているのかまったくわからない。ミハルとルリは顔を見合わせて途方に暮れた。一方、伊藤はマイペースだった。
「次も中村の番じゃん。つまんね」
誰も何もしゃべらないうちに、遥子は、微妙な下手さで八十年代の大ヒット曲を歌い終えた。
「やっぱ、プリプリはいいわねー!」
「あんた、どっちかの口調にしてくれる?」
ルリは疲れた調子で言った。
その次は、伊藤の番だ。よっしゃ、と気合を入れてマイクをとった伊藤。最近そこらで流れている曲のイントロが流れ出す。
「それでは、これからの話は図書館員としてのわしにかかわるから、こっちの口調にしておくかの。そうだな、冬妻ホタル?」
「そうです」
伊藤は、熱唱している。
「カラオケボックス燈火での出来事は、本が本物か確かめるための実験じゃった。そして、今回の出来事で、本物だとわかった」
遥子は、淡々としゃべりはじめた。
「本物の本? ヘンな方の遥子の探してるやつのこと?」
有地たちの末路や遥子の変容にショックを受けているにもかかわらず、ルリは正気を保って話についてきている。伊藤は相変わらず熱唱している。こちらは正気かどうか、ミハルには判断つきかねた。
「その本はな。使いこなせる力をもった魔術師がきちんと扱うなら外宇宙の神々とコンタクトすることすらできる宇宙レベルの
ホタルが補足する。
「訓練されていない下等な人間ですら、その本に触れるだけで仲介者が呼び出されたのです。訓練された人間なら、下等な人間でも、あれ以上の存在に呼びかけることができるでしょう」
「下等、下等、ってわざわざ言う必要ある?」
ルリが呆れ顔で言った。
「人間には、下等な人間とそうでない人間がいるのです。ですよね、ミハル」
突然に話を振られたミハルは困った。
「でもま、別に下等って言わなくてもいいよ」
ミハルとしては間をとった形だ。意外にホタルは、そうですか、と言って応じた。
「問題は、誰でも触れるだけで外宇宙の存在に呼びかけられるということです」
「その存在って?」
ルリは好奇心に勝てなかった。聞くべきではなかったかもしれない。
「図書館員遥子さん。説明してください。図書館員ならそういうことも仕事のうちです」
遥子は、やれやれ、というように肩をすくめた。
「比較する対象がこの地球の人間の知識にはない。今回、おそらく男一人が触れただけだったはずじゃが、異次元の存在が
伊藤の熱唱がいつのまにか終わっていた。
「魂を消費すれば、魔術師でなくても本が使える」
伊藤が口を開いた。
「中村は何言ってんの?」
伊藤はきょとんとして言った。それはミハルにもわからない。ルリにもわからない。ホタルは黙っている。
「わからんかの。ようするに、一人の魂で、あれだけ召喚されたということじゃ。覚えとらんか? あの青ざめた、ひょろっとした男のことを。おかしかったじゃろ?」
ほかにもおかしいところがありすぎた。
「半分は召喚した黄色い空間に同化されかけとったからじゃが、もう半分は召喚のときに魂を消費したからじゃ。あの本は、そんな雑な使い方は想定されとらん。使えない者が無理に使っていい本ではない。貸出期限もとっくの昔に過ぎとる」
遥子はそう言うと、ほっぺたを膨らませた。怒っているというジェスチャーのようだ。
ホタルは、遥子に向き直った。
世界的に有名なアニメ映画の主題歌のイントロが始まる。
「図書館員遥子さん。わたしたちにとってポイントはそこではありません。力なき者が大それた存在を呼ぼうとすると、代償は本人にとどまらない」
「どういうこと?」
ルリがおそるおそる聞いた。
しかし、ホタルは答えなかった。
「すみません。歌が始まります」
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