第二章 探すしかない

第一話 信じられない

 ミハルたちがカラオケボックス燈火から帰ってきてから数日が経っていた。

 七月に入っていた。有地は学校に来ていない。真っ青な顔をしたルリがホタルに話しかけてきたのは、翌週になってからのことだ。放課後。ルリの声が、相変わらず一人でラノベを読むミハルの席まで聞こえてきた。

「有地、行方不明なんだって」

 ここ数日、ルリや伊藤は何事もなかったように振舞っていた。二人は、カラオケボックス燈火での出来事は、夢だと思い込むことになんとか成功していた。

 ミハルは、どうしてもそう思えなかった。それでも、何事もなかったかのように明るく振舞うルリや、いつものようにふざけている伊藤を見ることで、なんとか夢だと思おうとしてきた。ルリのことばは、有地がどうなったかをミハルに思い出せた。しかし、どうもそうはいかないらしい。

「警察は何をしているのでしょうか」

 ホタルは話しかけてきたルリに答えた。相変わらず優等生的だが、どこか抜けている。

 あの出来事が夢ではないと、一番よく知っているのはきっとホタルだ。ミハルは、読んでもいない小説を睨みながら耳を澄ませた。

「家出少年にいちいちかまってられないでしょ、警察も」

 遥子が口を出してきた。遥子は、そんなキャラだったろうか。以前の遥子なら、有地くん、心配……などと言いそうなものだ。ミハルは違和感を感じた。

「遥子、あんた、有地のこと気になってたんじゃなかったっけ?」

 ルリが遥子の豹変ぶりを不審がった。

「えー。まあ、そんなこともあったかも」

 本当の遥子は死んでしまった、と誰かが言っていたことをミハルは思い出した。あの夢が本当なら、遥子の死も本当だ。では、後ろで遥子と同じ声でしゃべっているのは。

「有地な。クラスじゃおれ、結構付き合いがあったほうだと思うけど、一緒に遊びに行ったことはなかったな」

 カバンを肩にひっかけた伊藤がやってきた。

「なによそれ。誰もあんたと有地が仲が良かったなんて思ってないけどね」

と、ルリ。

「あらあら。わたしたち、一緒に遊びに行かなかったかしら?」

 遥子が核心に触れてきた。ミハルは、つい振り返って見てしまう。ルリは、一気に青ざめていた。遥子は微笑んでいる。場違いな笑みだ。遥子は、そんな笑みを浮かべるタイプだっただろうか。伊藤はけげんそうな顔をしている。

 唐突に、ホタルの声がした。

「ルリさん。カラオケ、行きません?」

 ホタルは帰り支度を終えると立ち上がった。ホタルがミハル以外の人間を誘うことばを、初めてミハルは耳にした。

 ルリは、少しうろたえた。

「……唐突だね」

 カラオケ。ルリの脳裏を嫌な記憶がかすめたのか、ルリの顔は陰った。

「わたしも行くー」

 遥子のテンションは不自然だった。ジジイだかババアだかが乗り移っていたとしてもそうおかしくはなさそうだ、とミハルは思った。

「あなたはどうそ、お好きに」

と、ホタルは遥子のほうを見もせずに言った。そしてカバンを持って立ち上がると、ラノベを読んでいるフリをするミハルに近づき、耳打ちした。

「もちろん、ミハルも一緒です」

 ミハルは、あの夢が本当にあったことだとすれば、いったいなぜあんなことが起こったのか、知っておかなければならない気がして、うなづいた。

 立ち上がるミハルのそばに伊藤が来る。

「七浦、おれら、友達だよな? 一緒に行ってもいいよな」

 ミハルには拒否する理由はなかった。伊藤も、あのカラオケボックス燈火の夜の生き残りだ。伊藤は、ミハルたちと過ごしたあのカラオケボックス燈火の夜を覚えてはいないようだったが、ミハルたちとなにがしかの体験を共有したことは覚えているのかもしれなかった。あるいは、ただなれなれしいだけなのか。

「わかったわよ。行くわよ!」

 ルリが意を決したように声を上げた。


 約三十分後。ホタル、ミハル、ルリ、伊藤、そして遥子は繁華街のカラオケ店にいた。全国チェーンの有名店だ。地上三階まである。地下はない。

 入り口から順に、ルリ、ホタル、遥子、伊藤、ミハルの順で丸いテーブルを囲む。

 ルリはとてつもない速さで曲目を入力した。そして、ホタルに端末を手渡す。ホタルは、それをそのまま遥子に手渡した。

「誘っといて自分は歌わないとか、ある?」

 ルリは不満そうだ。

「まずはみなさんでどうぞ」

と、ホタルは微笑む。

 そうすると、次は遥子が入力する番だ。ミハルは、つい、その手元を注視してしまう。もし、遥子でないなら、現代日本の歌など知らないはずだ。ルリも同じように遥子の手元を見ていた。

「どれにしようかなー。あ。これにしよ」

 遥子はとくに迷うことなく決めたようだった。ミハルとルリは思わず目を合せた。ホタルはそんなことには興味なさそうにドリンクを飲んでいる。

 伊藤は、遥子から端末を手渡されると、これまたすぐに入力を終えた。持ち歌でもあるのだろう。

「じゃ、最後は七浦な」

 そう言って、伊藤はミハルに端末を放った。

「え、おれ? おれ……歌うもんねえわ」

 ミハルは、友達同士でカラオケに来たのは初めてだった。もちろん歌はいくつか知っているが、歌う趣味などまったくなかった。

「えー、ホントに?」

 遥子が非難がましい目でミハルを見る。

 すると。

「わたしもまだ曲を選んでいませんでした」

 ホタルはそう言うと、ルリを乗り越えてミハルの隣に移動した。そして、端末を手早く操作する。

「わたしとミハルは、いつもこの歌です」

 ミハルが端末を覗き込むと、そこには、子どものころによく見た有名なアニメ映画の主題歌のタイトルがあった。それは、都会に憧れる田舎娘が、魔女の呪いで獣にされた王子と結ばれる昔話をテーマにした内容の、世界的なアニメだった。

 ……いつもこの歌? ミハルは、そもそもホタルと幼馴染だった記憶はない。だが、そのアニメ映画はよく覚えている。


「みなさん、少しお話があります」

 ホタルがそう言うのと、一曲目が画面に映し出されるのとは同時だった。女児向けアニメの主題歌だった。

「いやーウケるかな、と思って」

 ルリは頭を掻いた。ホタルは、それにはかまわず、話を続けた。

「先週、みなさんと一緒にカラオケボックスに行きました。そのとき、下等な人間の三人は魂を腐らせる快楽、有地と呼ばれた下等な人間を含むやはり下等な三人は魂を削る苦痛に取り込まれました」

 今にも歌い出そうとしていたルリがマイクを取り落とした。ゴトン、キーンと高い音がした。

 

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