第五話 オカルトかもしれない

 ミハルは、逃げて通報することも考えた。足には自信がある。不意打ちでもなければ、ルリが食らった一撃を、自分がくらうことはないだろう。

 だが、通報して警察を呼んだところで、助けが来るまでにどうしても時間がかかってしまう。そのあいだに取り返しのつかないことになるかもしれない。

 意外なことに、誰よりもホタルのことが心配でたまらない自分にミハルは気づいた。

 結局、ミハルは、有地たちの後に続いて地下へと降りた。なにか、できることがあるかもしれない。


 階段を降りた先には、小部屋があり、傘立てと灰皿が置いてあった。そして、その間には鉄扉があった。まるで会員制のクラブのようだ。普通のカラオケ店ではなさそうだ。

 押し込まれるような形でミハルたちがなかに入ると、そこそこ大きな部屋だった。バーカウンターがあり、テーブルと椅子がおかれ、数組が酒を飲めるようになっていた。バーカウンターの奥には扉があり、「調理室」と雑に書かれた紙が貼られていた。隅にはカラオケセットが置かれていた。

 バーカウンターにほど近いテーブルにミハルたちは座らされた。

 ミハルたち六名に加えるところ、さらにフードの男たち六名。もちろん、入り口に近い方のテーブルにはフードの男たちが陣取っている。

 テーブルにはペットボトルの飲み物があった。アルコール類もすでに置かれていた。さっきまで、フードの男たちがいたのかもしれない。

 長髪の男が人数分のグラスをもってきた。形の上ではお互いに同意のうえでのパーティーであるかのように、飲み物が注がれた。何が好みか聞かれることはなかった。

 フードの男が口を開いた。

「何も取って食おうってんじゃねえ。そこの巨乳ちゃんが少し騒いだから手を出しちまったが、いや、足か。まあ、許してくれ。あと、この合コンだけど、後でちゃんと席替えするから、安心してくれ」

 男女比に偏りのある合意なき合コン。巨乳ちゃん、というのはルリのことのようだった。ルリは顔を伏せた。足がひどく痛むらしく、表情が歪んでいる。

 有地が話だした。

「冬妻さんの話をしたら、先輩がどうしても会いたいって言ってね。こんなに早く会わせてあげられるとは思わなかったから、ぼくもうれしいよ」

 どうもフードの男が「先輩」らしい。有地はにっこりと笑い、飲み物でもどうぞ、と手を振って促した。

「手荒な真似をしてすまなかったな。銀髪のモデルみてーなオンナが制服で歩いてるって噂はこの辺にも聞こえてきててな。シンヤに聞いたら、同じクラスだって言うじゃねえか。ちょっと顔を見てみたくなってな」

 フードの男は形だけの謝罪を口にして、ホタルを舐めまわすような目で見た。ホタルは、無表情だ。

 緊張に耐えきれなくなったのか、真っ青な顔をした遥子が、目の前にあったグラスを一気飲みした。

 そんなに急がなくてもいいのに、とつぶやいて、有地は小さく首を振った。

 その次の瞬間、遥子は、テーブルに突っ伏した。

 それを見て、フードの男がヒューと口笛を鳴らした。

「このおねーさんはみかけによらずイケるクチだねえ」

 ルリが叫んだ。

「これ、何か入ってる!」

 フードの男がにやにやと笑う。

「もちろん、入ってるさ」

 有地が説明する。

「気持ちよくなるお薬だよ。初めてでもね。でも、そんなに一気飲みしちゃうと、さすがに脳がついていけない」

 遥子は、少しけいれんしているようだった。その足元に水たまりができ始めていた。

「うーん、着替えが大変そうだ」

 有地は遥子のスカートの下を覗き込みながら言った。

「ここには替の下着なんてないからな」

 野球帽の男が下卑た笑い声を上げた。

「何する気なんだよ」

 それまで黙っていた伊藤が、耐えかねて言った。

「おら。敬語使え」

 ジャンパーの男が立ち上がり、伊藤の頭を小突いた。軽く突いただけのように見えたが、伊藤は呻き声を上げ、小突かれた頭を抱え込んだ。

「そうだよ、伊藤。この方たちはぼくの先輩、つまり年上なんだから。敬意を払わないと」

 有地は微笑みながら言った。

「伊藤、よかったな。クラスメイトの女子三人と一気につきあえるなんて。初めてなんだっけ?」

 それを聞いて、フードの男が噴き出した。

「初めてにしてはちょっと刺激が強すぎるが、それでも大丈夫か?」

 それに追従して、有地も笑う。


 ミハルは男たちが何をするつもりなのかようやく確信した。行方不明になった女子たちが、家に帰ってきたあとも口をつぐむのは、ドラッグを盛られた後に自分が何をされたかわかっているからだろう。

「相沢博美を殺したのは、あなたたちね?」

 ルリは自分の置かれた状況を理解しているのかいないのか、あるいは時間稼ぎか、話題を強引に変えた。

「はあ? 命まではとらずにすむようにクスリがあるんだよ。殺しちまったらあとが大変だからな。相沢ってのが誰かも知らねえよ」

 フードの男が、面白くもなさそうに言った。薬の作用で自失している女子なら、好き放題に扱ってもまず死ぬことはない。薬の作用以外では。

 男の一人は、さっきの遥子に負けず劣らず、青い顔をしていることにミハルは気が付いた。

 なぜだ? 遥子が緊張するのは分かるが、なぜ、この場を支配しているグループのメンバーが緊張する必要がある? 

 それは、ひょろっとした男だった。大柄な男たちのなかで、この男だけが押し黙り、無表情だ。青い顔だけが際立ち、血が通っているとはとても思えない。ドラッグを自分でも常用しているのかもしれなかった。

 相沢博美の名前を出したとき、その男のもっていたコップから中身がこぼれた。それをルリは見逃さなかった。

「相沢博美を知っているのね!?」

 ルリがひょろっとした男に言った。

「し、知らない!」

 ひょろっとした男は体全体で震え出した。フードの男がそれを見て怒鳴った。

「おい! スグル、おまえ知ってやがんのか? その相沢とかいう女」

「知らない……」

 ひょろっとした男は怯えている。フードの男が一喝した。

「こらっ! マジで殺すぞ! 正直に言え!」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 ひょろっとした男は混乱しているようだった。

「いいから言えよ、コラ」

 フードの男が机を叩いた。室内に大きな鈍い音が響く。この一撃が頭に振り下ろされれば、ただではすまないだろう。ひょろっとした男は蚊の鳴くような声で白状した。

「あ、相沢博美は……ゲーセンでナンパしたオンナです……」

 相沢博美が不幸通りで遊んでいるという噂は本当だったようだ。

「あ? 知ってんじゃねえか。で、殺しちまったのか? オーバードーズか?」

「いや、あの、その……ここで、誰もいないときに……その」

「そういうときは俺らにも一応声かけろよ」

 長髪の男が、ひょろっとした男を横から小突いた。

 そのとき、バーカウンターの奥の調理室から何かが聞こえたようだった。ごぽっという配管の音のようだった。

 それを聞いて、ひょろっとした男が悲鳴を上げた。

「あいつだ!」

 フードの男が不審そうに奥の調理室への扉を見た。

「おい。誰か見てこい」 

 長髪の男が立ち上がり、ミハルたちのテーブルを横切って、バーカウンターの奥に向かった。

 ひょろっとした男はがたがたと震えながら何かつぶやき続けていた。

「……あの本の言うとおりにやったんだ……」

「おめー、何言ってやがんだ?」

「あいざわひろみを使ってあの本のとおりにやったんだ。そしたら背の高い男が出てきた」

 そう言うと、ひょろっとした男は胃の中のものを吐き出した。胃液しかない。それから、ひょろっとした男は早口になった。

「パキっと折って。中身だけ。そしたら中から背の高い男が出てきて、気持ちよくしてくれるって言ったから、言うとおりにすることにした」

 そう言うと、ひょろっとした男は甲高い声で笑いはじめた。さっきまでのおどおどした様子はどこかにいってしまったようだ。

 みな、ひょろっとした男を見ていた。

 パキっと音がした。奥の調理室の方からだった。長髪の男は、調理室に向かったはずだった。

 みながそちらを見ると、背の高い人影が、長髪の男に覆いかぶさっていた。

 またパキっと軽い音がして、今度はブシュっと何かが噴き出す音がした。

 長髪の男の首が折り取られたところだった。




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