第四話 事件かもしれない
ゲーセンは不幸通りに近い。先日、ミハルの身に起こった出来事を考えれば、物騒な地域に違いなかった。物騒な出来事に見舞われたのは襲った男のほうだったが。
制服姿の男女六名。繁華街を歩いていると目立ちそうなものだが、部活帰りのようでもある。
ルリは頭一つ分、遥子よりも背が低い。だが、胸は遥子より立派だった。その前を、遥子よりもさらに背が高いホタル、そして遥子よりは低いが、ルリよりはやや背が高いミハルが並んで歩く。さらにその前を、ミハルよりも背のかなり高い有地と伊藤が先行している。
「やっぱり、ゲーセンよりカラオケのほうがいいんじゃない?」
遥子は、初夏の日差しばかりが理由ではない流れる汗をふきふき、おそるおそる切り出した。
「ま、ね。わたしら、ゲームやんないしね」
ルリも、早々に「犯人捜し」に飽き飽きしたようだった。手を首の後ろに回しつつ、カバンを器用に持ち替える。
背の高い男、とは言っても、それ以外の情報はない。どれくらい背が高いかもわからない。土台、探すことなど無理な話だった。
「女子はゲーセンってあんまり興味ないよね。じゃ、少しその辺りを見て回ったら、カラオケに行こうか」
有地がにこやかに言った。
「トリプルデートってやつだな」
伊藤が軽口を叩いた。
「キメーこと言うんじゃねーよ」
ルリが伊藤を冷たい目でにらんだ。遥子は反応に困った様子で目を伏せた。
ホタルは無反応で、ミハルの横にぴったりとくっついていた。ミハルはどことなく、不機嫌なのだろうか、と思った。
そもそもホタルが校内で、それも教室でミハルに声をかけるなんて初めてのことだった。ミハルは、その様子が他のクラスメイトにどう見られているか、不安で仕方なかった。それまでクラスメイトの前では他人のフリだったのに、どんな心境の変化だろうか。
「冬妻さんと七浦くんって、知り合いなの?」
遥子が後ろから聞いてきた。
「はい。実は幼馴染なんです」
ホタルは無感情に遥子に答えた。
なぜ、今になって急にミハルとの関係を周囲に教えるのだろうか。ミハルには相変わらず思い出せないのに。
「えー。確か冬妻さんって、デンマークにいたんじゃなかったっけ?」
ルリが不審そうに言った。
「デンマークと日本じゃ、ちょっと距離があるよな」
と、伊藤も突っ込む。
「デンマークにいたのは、ミハルと出会う前と後です」
ホタルはミハルに聞かせるかのようにミハルを見た。
ミハルは、それまで過去のことをホタルに聞いたことはなかったし、聞くつもりもなかった。が、島のだろうか。幼馴染という以上はそのはずだろうが、あらためて聞くとまったく会った覚えがないことに違和感を覚えた。おかしいのは、ミハルのほうか。
「そういえば、七浦くんは浦島出身だったよね」
押し黙っていたミハルに、有地が声をかけた。
「……そうだよ」
浦島。ミハルのうまれ育った島。小さな離島。入学早々に行われたホームルームで、簡単に自己紹介したことがあった。浦島出身は高校では珍しかったから、有地が覚えていても不思議ではない。
「冬妻さんとは、浦島で知り合ったの? それとも、ほかのところに住んでたことがあるとか?」
有地はミハルを問いただしてきた。
ミハルはとまどった。ホタルとの関係を聞かれてもミハルには答えられない。覚えがないのだから。
ミハルが何も答えられないでいると。
「もちろん、浦島で、です」
ホタルが横から口を出した。それ以上の問いかけを許さない、断固とした口ぶりだった。ミハルは、その言葉が有地ではなく自分に、昔を思い出すように発せられたもののように思えた。
ホタルの勢いに有地がたじろいでいると、後ろから遥子が声をかけてきて、話を変えた。
「繁華街って、最近、悪い噂聞くよね。女の子がさらわれるって」
「正確には、不幸通りね」
ルリが訂正する。
「それに、最近じゃないわ。ずっと前からよ」
「それって、こないだの相沢博美の事件と関係あんのかね、やっぱ」
伊藤が死んだ女子生徒の名前を出す。
「それはわかんないけど……でも、わたしの友達が行ってる学校だと、何人か女の子がさらわれたって話よ」
「そんなにさらわれてたら、さすがにニュースになるんじゃないか?」
伊藤が呆れたように言った。
「あなたの友達って、わたしらから見たら、友達の友達、つまり赤の他人。いかにもな都市伝説ね」
ルリが、どうしようもない、とでも言うように天を仰いだ。
「それは……」
遥子は口をつぐんだ。
「しばらく歩いてみたけど、背の高い男はいないみたいだ。そろそろカラオケにでも行こうか」
有地が冒険の終了を宣言した。
「背の高い男っつったって、どれくらい背が高いかも分からないのに探しようもなかったけどねー」
と、ルリ。
「はは。意外に、ぼくらより少し高いくらいなだけだったりして」
有地が少し意味深げに声を潜めた。
「思わせぶりなことを言って盛り上げようって魂胆?」
ルリは、その思惑通りに興味が掻き立てられたことを隠し切れていなかった。
「ゲーセンに行かないんなら、おれ、そろそろ帰りたいんだけど」
ミハルは、カラオケにまでついて行く気はなかった。明らかに、その場は冷水をかけられたかのごとくだった。
「それでは、わたしも、帰ります」
ホタルも踵を返そうとした。
「ちょっと待って。カラオケボックスの前までつきあってよ。せっかくみんな集まったんだからさ」
有地が引き止める。
「ホタルが行かないんなら、これでお開きだねー」
ルリが男どもを小馬鹿にしたように言った。
「わ、わたしはカラオケ行ってもいいけど……川辺さんが行くなら」
「はあ?」
遥子が突然ルリに振ったので、ルリがすっとんきょうな声を上げた。
ミハルは、カラオケボックスの前くらいなら、つきあってもいいか、と思った。それくらいの妥協は必要かもしれない。合わないが、合わせるためには。
有地の案内で、リーズナブルなカラオケボックスがあるという辺りに六人は歩いてきた。
繁華街の裏通り、不幸通りにいつしか一行は入り込んでいた。
不幸通りは、日中でも人通りが少ない。夜ともなると、悪質な呼び込みの類が出てくる。しかし、まだそうした輩は姿を現していないように見えた。
「物騒って聞いてたけど、たいしたことないわね」
ルリが辺りを見渡しながら言った。
「はは。まあね」
有地が見ていた携帯端末から目も上げずに相槌をうった。
それからほんの少し歩くと、有地は立ち止まった。
「ここだよ、みんな」
看板には「カラオケボックス
店舗は地下にあるようで、目の前には階段だけだ。一階部分と二階部分は、なにやら別の店が入っているようだが、夜営業なのか、それとも潰れているのか、誰かがいる気配はない。いかにも怪しげだ。
「じゃあ、おれはこれで」
そう言って、ミハルは立ち去ろうとした。
ミハルが今度こそ踵を返すと、目の前に五人の男がいた。フードの男、ジャンパーの男、野球帽の男、長髪の男、ひょろっとした男。誰もが、六人のなかで一番背の高い有地よりも大柄だ。
その男たちはにやにやと笑いながら、ミハルには目もくれず、その隣にいたホタルに近づく。
「この店、タダだからさ。寄ってこうよ。銀髪のおねーさん。有名だぜ、あんた」
男たちのリーダー格らしいフードを被った図体のデカい男が言った。
「あんたたち、大声、出すわよ」
ルリが気丈に言った。だが、すぐさま男たちに囲まれた。
「あーあ、そんなこと言わないほうがよかったのに」
フードの男が嘲笑した。
「そんなことより、早く連れてってくださいよ、先輩」
そう言ったのは有地だ。
大声を出そうとするルリ。しかし、一発、フードの男に太ももを蹴られると、ルリは大声の代わりに低い呻き声を出し、その場にくず折れた。
「ま、こいつもいい線いってんじゃん」
フードの男は、しゃがみ込んで足を押さえているルリの腕をつかんで無理やり立たせた。ルリの目には痛みからか悔しさからか涙がにじんでいた。
ホタルは、そんな様子を黙って見ていた。男たちは、そんなホタルが意のままになると見てその腕を掴んだ。
ミハルは、またあのときのような惨劇が起きると思った。
目を閉じた。しかし、何も起きない。ホタルは、掴まれるがままになっている。ミハルの顔を見ている。それから、寂しそうな表情を浮かべ、そのまま、ルリともども、「カラオケボックス燈火」へと続く地下への階段に引っ張られていった。
「伊藤、お前も来いよ。川辺がかわいそうだろ」
有地は、硬直している伊藤に声をかけた。それから有地は、呆然としている遥子に向かって言った。
「中村さん、だっけ。きみは来なくていいんだけど、すぐに通報されても困るから、とりあえず、みんなでカラオケしよっか」
そして、ミハルのほうを向いて冷たい目で言った。
「七浦くん。カラオケはイヤだったみたいだけど、気が変わったんならどうぞ」
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