グレープフルーツムーン
「月がきれいですね。」
「今日って新月だけど。」
やっちまった。隣で怪訝な表情を浮かべた彼女を見つめる。
花火大会の夜、パラパラと散っていった夏の欠片がもどかしくて口走った言葉はどっかのまとめ記事だかLINEニュースだかで見かけた「アイラブユー」で、なんでそれが「月がきれいですね」になるのかもわからない僕には、こんな時に返す言葉を思いつくセンスもない。
こんな時はどうすればいいんだよ、夏目漱石。なんて思考を巡らせても彼女の表情が変わることはなくて、さらに焦りが増していく。
「あの、あのさ…。」
しどろもどろになってしまう口調に恨みを込めてそれでも口を動かす。
溢れだしそうなこの感情をどうやって言葉にしよう。
「どうしたの?今日なんか変じゃない?」
彼女の怪訝な表情に心配の色がさし始めた。
「いや、大丈夫。大丈夫だから聞いて。」
突き放した言い方になってしまっただろうか。
こういう時に思考が散漫になってしまう自分が嫌いだ。
ほら、彼女が少しだけ悲しそうな表情をした。焦れば焦る程頭の中は真っ白になって、彼女の様子がよく見える。
お喋りな彼女は口を開き、そして僕に言われたからとその言葉を飲み込む。
「心配なの。沈黙になると何かが終わっちゃう気がして。」
いつの日か彼女が言っていた言葉を思い出す。
底抜けに明るい彼女はいつもどこかで怯えていた。その姿がとても愛おしいと思ったのは丁度2年前の夏の日。
夏祭りの屋台の端っこで、まるで置物のようにうずくまっていた彼女を見つけたのはまったくの偶然だった。
「あ、あの、どうかした?」
恐る恐る声をかけた僕にびっくりしたのか、顔を上げた彼女は泣いていた。
零れ落ちていく沢山の雫を見て驚く僕に、彼女は「違うの!これは、ただ目にゴミが入っただけで…。」と古典的な嘘を吐いた。
「大丈夫?」
大丈夫なわけないのは彼女の様子を見ればわかったのに僕は何を言えばいいかわからなくて、そんな残酷なことを聞いてしまった。
彼女はずっと慌てた様子で「何もないよ、大丈夫、大丈夫…。」とまるで自分に言い聞かせるみたいにつぶやいていた。
「あの、何かあったなら聞くよ。僕君のこと何も知らないし、知ったところでって話でしょ。」
ちょっとした興味だった。同じクラスではあったけれど一度も話したことのない彼女をこんな風に泣かせる事情って何なのかって、そんな野次馬根性が頭を出しただけだった。
「いや、本当に何もないって…。」
彼女は言いたくなさそうにしていた。けど、僕が次の言葉を探す間に沈黙に耐えられなくなったのか話始めてしまった。
「佐伯っているじゃん、同じクラスの。名前くらいはわかるでしょ。あの子が彼氏から連絡きたからって彼氏のとこ行っちゃって。期待したような内容じゃないよ。ほんと、そんなつまんない話。聞くほどじゃなかったでしょ。」
口早に話してくれた内容は確かにどこにでもあるような話だった。
「一緒に回る?」
思わず口をついて出たのはそんな、普段の自分なら絶対に言うことのない言葉だった。でも、その瞬間はいつもの自分じゃないみたいで、ただ彼女を一人にしたままではダメな気がして彼女の返事も聞かずにその手を引いていた。
「好きなんだ、君のこと。」
結局言葉っていうのは単純でどれだけ飾ったって遠回りしたって伝わらなきゃ意味がなくて、だから怖くたって照れくさくたって、真っ赤になった顔でただまっすぐに、僕が言える精一杯をまっすぐに伝えた。
「えっ…?」
花火の余韻で普段より暗く感じる夜が彼女の顔を見えなくして、その表情も息遣いも隠してしまう。それがなんだか怖くてもどかしくて僕はぎゅっと目を瞑った。
「ありがと、嬉しいよ。」
視界に光がさしたような気がしてそっと目を開くと、丸い丸い月がまるでスポットライトみたいに彼女の顔を照らしていた。
雑多小説 shit she @rain017
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