美少女に背中を押されて、僕は。

「う、うわあ……」


 目前の光景に、僕はただ立ち尽くすことしかできなかった。


 魔術都市ルーナット。

 魔法分野において、国内でも第一線をいく街だ。通信カードが開発されたのもここだし、将来有望な若者が集う《魔術学園》もここにある。


 そして――なにより、街の風景がすごい。


 これまた新開発された《魔導車》が、あちこちを行き交っている。あれを用いれば、魔法の心得がない者でも、高速で移動することができる。


 店の看板が色彩豊かに輝いているのも、魔法の一種だろうか。街の規模は港町ルーネとさほど変わらないが、外観は全然違う。


「ここが……魔術都市……」


「ふふ。すごいでしょ♪」


 僕の驚きっぷりに満足したか、アルルがドヤ顔を決める。


「うん。アルルが涎を垂らしている顔よりすごいかも」


「…………っ! ち、ちょっと!」


 いまでも覚えている。

 今朝目覚めたら、彼女がだらしない格好で眠っていたのを。


 しかもかなり際どい姿勢だったので、目のやり場に困ってしまった。


 さらに抱き枕をぎゅうううと抱きしめていたもんだから、普段とのギャップが半端ないというか……


「――もういいじゃない! そんなこと忘れてよ!」


 顔を赤くして反論するアルル。


 ちょっと意地悪しすぎちゃったかな。

 それほど仲良くなった――ということでもあるんだけど。


「はは、ごめんごめん」

 僕は素直に謝ると、周囲を見渡しながら言った。

「……で、ここにいるんだっけ? アルルの仲間って」


「うん。先にギルドで待ってると思うわ」


「ギルド……」


 その言葉に気持ちが暗くなりかけるが――


 パチン、と。

 僕は両の頬を叩き、なんとか心を切り替えた。


 この街に同僚はいない。港街ルーネほどの悪評は広まっていないだろう。


 それにいまの僕は受付係じゃないんだ。一般客としてギルドを訪問することに、なんの間違いがある。


 今後のことを考えたら、遅かれ早かれギルドに行くことになるだろうしね。


 ――だったら、いまのうちに行っておいたほうがいい。


 ぎゅっ、と。

 アルルが、僕の手を強く握りしめた。


「ね。大丈夫だから。行こ?」


「う、うん……。そうだね……」


 いつまでも足踏みしていられない。

 彼女とともに、僕は新たな一歩を踏みだした。

 

  ★


「ううっ……」


 ――とは言ったものの、ギルドの前に着くとやはり足踏みしてしまった。 


 僕がそうと気づいていないだけで、やはり元職場へ心理的な傷があるのだろうか。


 震える僕の手を、またもアルルがぎゅっと握る。


「……大丈夫。仮になにか言われても、私がどうにかするから」


「アルル……ありがとう」


「そ、それに……」


 ふいにアルルが顔を赤くしてそっぽを向く。


「へ?」


「わ、わわ、私から手を握るなんて……ちょっと、恥ずかしいっていうか。その……」


 なるほど。

 アルル・イサンスはたしか高潔なる人物だと聞いている。港町ルーネでの評判を見ればわかるが、彼女に好意を寄せる男はそれこそ大勢いるのだ。


 そんな男たちのアプローチを、アルルはすべて断ってきた。


 そのアルルが、自分から手を握ったり、抱きついてくれたり……彼女は彼女で、僕を励ますために頑張ってくれているのかもしれない。


 彼女ほど素晴らしい女性に、ここまでしてもらえるなんて。

 これまでの人生は不幸続きだったけれど、すこしは運が上向いてきたのかもしれない。


 だったら僕も、心の壁を壊すときだ。


「…………」


 震える手で僕はギルドの扉を開く。


 瞬間、暑苦しい熱気が内部から流れ込んできた。冒険者は主に男性の従事する職業。非常に言いにくいことながら、ちょっとむさ苦しいのがこの職場の特徴でもある。


 ぎろり、と。

 そんな冒険者たちの視線が一様に突き刺さる。


「おい、あいつ……」

「どっかで見たことあるぞ、あの男……」


 最初の数秒はかなり威圧的な雰囲気だったが。


「失礼。お邪魔するわね」


 アルルが凛と澄ました表情で前に進んでから状況が変わった。


「な、なんと! ア、アア、アルル様……!」

「可愛いっ……!」


 一斉に立ち上がる冒険者たち。

 やはりここでも彼女はモテモテだった。


 が、当のアルルはそんな男たちの賛辞を意にも介していない様子。さっきまでのギャップが半端ない。


「ネーシャはいるかしら? ここで待ち合わせてるはずだけど」


「あら? アルル?」


 反応したのはひとりの女性。


 歳は僕らよりちょっと上くらいだろうか。

 アルルとはまた違った感じの美人だった。大人の雰囲気が漂っている――とでも言おうか。


 さらりと整えられた銀髪を腰のあたりまで伸ばしており、翡翠に輝く瞳がなんとも魅惑的だ。


 また露出もかなり激しめだ。

 肩出しの服を身につけており、ロングスカートも側面が切れているので――かなり、女性としての色気を強調している。


「あらあら」

 ネーシャと呼ばれた女性はウインクしながら微笑む。

「まさかアルルが男を連れてくるなんてね。どうしたの? 彼氏?」


「ち、ちちちち違うわよっ!」


 即座に全否定。

 このことにすこし悲しくなったものの、ネーシャはそうは思わなかったようで。うっすらと目を見開いて言った。


「あ、あら。いつもと反応が違うわね。もしかして本当にそうなの?」


「ち、違うって! 昨日同じ宿で寝泊まりしただけ……って、あっ」


「ア、アルル……」


 思わずジト目で睨みつけてしまう僕。


 まさか自分から墓穴を掘りにいくとは。ちょっと抜けている側面があるとは思っていたが、とんでもない爆弾を投下してくれたものである。


 そして。


「お、おいおいおい……!」

「あいつ、アルル様と、もしかして……」

「ゆ、許さない……!」


 痛い。男たちの視線が。


「はーっ。アルルも大人になったわねぇ……」

 しみじみと物思いに耽るネーシャ。彼女も彼女で個性的な人物なようだ。

「ま、立ち話もなんだし、中に入りましょ。新カップルさん♪」


「「違います!!」」


 僕とアルルの声が被った。

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無能と言われたギルドの受付係、Sランク冒険者の美少女に溺愛される。〜実は固有スキル《未来予知》で冒険者を救ってました〜 どまどま @domadoma

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