受付係、新たな人生に向けて一歩踏み出す。

「クラージ! ねえ、ちょっと……!」


 港町ルーネ。

 その路地裏。


 足早で歩く僕を、アルルが追いかけてくる。


 ――込み上げるものがあった。


 ギルドに務めていた期間は、決して短くはない。


 たったひとりで苦悩して。

 たったひとりで人を救って。

 大変だったけれど、ちょっとしたやり甲斐を感じていて。


 クビになったのはしょうがない。

 それはわかってる。


 だけど、すこしくらいはいいよね。

 泣いてしまったって……


 視界が滲む。

 頬を暖かいものが流れていく。


「クラージっ……!」


 いつの間にかアルルに回り込まれていた。

 彼女も瞳を潤ませていて、顔が赤く腫れていて。


「アルル……。ごめん、みっともないところを……」


 僕が言いかけた、その瞬間。


 ふわり――と。

 柔らかい感触が、僕を包み込んでいた。


「え……」


 驚愕のあまり、僕は目を見開く。


 ――彼女に、抱きつかれている。

 そのことを理解するのに数秒を要した。


「ア、アルル……。いったい、なにを……」


 思考が追いつかないまま、僕は呟く。


「さっき約束したこと、もう忘れたの?」


「え……」


「私があなたを守る。だから――」

 美しい瞳と視線が合う。

「あなたの喜びも、悲しみも……すべて、私に分けてほしいの。ひとりで、なにもかもを抱え込まないで」


「……ア、アルル……」


「だって……あなたがクビになったのは、私を……」


 彼女の頬を滂沱(ぼうだ)の涙が流れていく。


 その顔は、相変わらず、とても美しくて。

 この世のなによりも綺麗で。


 さながら天使のごとき顔立ちに、僕はしばし見惚れてしまった。


 ――と。


 僕の唇を、暖かな感触が伝った。

 たった一瞬だったけれど、たしかな感覚だった。


「だから、責任を取らせて。私も――頑張るから」


「…………」


 なんだか不思議な気分だった。


 いままで、ずっと僕は迫害され続けてきた。

 どんなに頑張っても、賞賛されることはなく。

 誰を助けても、感謝されることはなく。


 それはもちろん僕が選んだ道なのだけれど、その冷たい反応が当たり前なのだと思っていた。


 でも彼女は、それは違うと言う。

 僕を守ってくれるって言ってくれる。


 こんな。

 僕なんかを。


「う……うう……」

 それを思うと、感情が爆発した。

「うあああああああっ!」


 大声で泣く僕を、アルルはいつまでも抱きしめてくれていた。





 まわりは静かだった。

 路地裏ともなると、人通りはまったくない。


 ただ潮の香りだけが、僕とアルルの間をかすめていく。


「ごめん……。みっともないところを見せたね」


 苦笑いを浮かべながら、僕は頬を掻く。

 さすがに恥ずかしかったので抱擁は解いた。ちょっと名残惜しい気持ちもあったが、いくらなんでも町中だしね。


「ううん……。いいの」

 アルルも同じような気持ちなのだろうか。表情をうっすら赤く染めていた。

「とりあえず、ちょっと休んだら隣町に行きましょう。たぶん、そこに私の知り合いがいるから」


「うん。ありがとう」


 僕はほんのり笑顔を浮かべ、しっかり頷いた。


 これで終わったわけじゃない。

 僕の人生は、これからなんだ。

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