追放される受付係には、たったひとりの理解者がいた。

 港町ルーネ。

 僕やアルルが拠点としている町である。 


「着いた……」


 僕はほっと安堵する。

 一時期はどうなるかと思ったが、無事に帰って来られた。


「生きてるって、素晴らしい……」


「なに言ってんのよもう」

 苦笑しながら隣を歩くアルル。

「ギルドに戻るわよ。さっさと依頼のことを報告しないと」


「う、うん……」


 若干の憂鬱さを覚えながら、僕とアルルは隣だって歩いていく。


「おい、あれアルル様じゃないか……?」

「で、でけえ……。どこがとは言わないが」

「連れ立っている男は何者だ……?」


 周囲の視線がさっきより痛かったのは当然の話である。


 ★

 

  

「お、お疲れ様でーす……」


 震える声で、僕は冒険者ギルド――職場に戻る。 


 色々あって忘れていたが、僕は仕事中に意味もなく抜け出した身。しかも同僚の言葉をまったく無視して…… 


 となると、やはり職場に戻るのは憂鬱だった。ただでさえ仕事のできない奴が、無断で早退するなんて……どうなるかは目に見えている。未来予知を使うまでもない。


「ふん。いまさら戻ってきたか」


 やはり僕を出迎えたのは、さっき呼び止めてきた同僚――ギーネだ。


 ちなみに、他の冒険者らの反応も異様に冷たい。

 あしらうように見てくる者、怪奇の目で見てくる者、面白いモノが見られそうとばかりに半笑いしている者まで。


「はい……すみません。いま戻ってきました」


 とりあえず頭を下げる僕。


 スキルのことを話したら、この港町ごと燃やされてしまう。

 だからいままで通り、感情を殺し、意見を呑み込み、言われるがままに――


「戻ってきましたって。いいんだよ、帰ってこなくて」

 邪(よこしま)な笑みを浮かべるギーネ。

「さっきギルドマスターから通達があってな。おまえはクビだ。二度と戻ってくるな」


「っ…………」


 やはりそうなったか。

 まあ、そりゃそうだよな。ギルド側からすれば、僕は損害を生み出しているようにしか見えない。そのうえ無断早退してしまったのだから、この措置にはぐうの音も出ない。


「ち……ちょっと……!」


『待って! アルル』

 飛び出しかけたアルルに、僕は通信を送る。

『もういいんだ。これ以外に方法はない』


『でも……』


『仕方ないさ。元より覚悟の上だしね』


 そう言われてしゅんとするアルル。 


『ごめん……。私を助けるために、ギルドを飛び出してたのよね……。私がもっと気を遣えていれば……』


『はは、いいさ。遅かれ早かれ、きっとこうなってたと思う』


「む……?」

 僕たちが念話していると、ギーネがくわっと目を見開く。

「赤い光……? アルル様と通信……?」


「そうよ。悪い?」


「ひっ」


 アルルにぎっと睨みつけられ、ギーネが悲鳴をあげる。


『ちょっとアルル。怖いってば』


『ご、ごめん。つい』


 アルルが脳内で謝っていると、ギーネが戸惑った様子で聞いてくる。


「な、なぜアルル様が、クラージなんかと……?」


 その疑問はギーネだけのものではないようだ。


 周囲の冒険者たちも、一様に驚きの表情を浮かべている。みなアルルを崇拝していたから、驚愕も大きいのだと思われた。


 僕はふうと息を吐くと、一歩前に進み出て言った。


「ほら、アルル様可愛いじゃないですか。ですから僕が土下座して、連絡先を交換してもらったんです」


「土下座……ふん。そうか。やはりそういうことだと思ったよ」


 ギーネの視線が侮蔑のいろに変わる。


『か、可愛いって……』


 アルルはアルルでよくわからないことを呟いていたが、聞かなかったことにしておく。


「ともかく、おまえはクビだ。荷物を畳んで出ていきな」


「……はい」


 返事しながら、僕はぐるりと周囲の冒険者たちを見渡す。


 リシャ。僕が初めて助けた冒険者だっけ。腕が千切れる未来が視えたんだ。依頼を拒否してからは、二度と口を聞いてくれなかったけれど。


 ボドルス。気性が荒くて、いつも引き留めるのに苦労した覚えがある。その性格が災いして、もう何度も死の危険に晒されていたっけ。すこしはおとなしくしてくれるといいけれど。


 よかった。

 あの骸骨剣士を倒したおかげか、直近で危ない目に遭う者はいなさそうだ。

 

 それを思えば、僕の頑張りもすこしは報われたのかな。


「さよなら。皆さん……どうか、死なないで」


「ん……?」


『クラージ……』


 目を見開くギーネと、切なそうに呟くアルル。


「いつか機会があれば、またお会いしましょう。――では、さようなら」


 僕は深々と頭を下げ、早足で荷物を片づけにいった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る