助けて。Sランク冒険者がわけわかりません。

 しばらく静かな時間が流れた。

 どこか神妙な――だけど、なぜか心地の良い空気だった。


 アルル・イサンス。

 出会った当初はかなり突っけんどんな態度だったが、いまは全然違う。瞳を滲ませ、うるうるとした目で見つめてくる。まるで別人みたいだ。


「ごめん。ごめん……」


 ただそれだけを繰り返している。


 僕が依頼を拒否した理由に気づけなかったのが、それほど悔やまれるらしい。


 たしかに……あのときのアルルは冷たい目をしてたからなぁ。


 その過程で、僕はこれまでの半生を話すこととなった。


 昔、急に固有スキルを手に入れたこと。

 それを用いて人を救おうとしたが、馬鹿にされて、誰にも聞いてもらえなくて、いつしか心を閉ざすようになってしまったこと。

 ごく近しい友人の急逝により、その心境に変化が訪れたことも――


 僕にしては長ったらしい一人語りだった。いままでの人生で、これほど長く話したことはないんじゃなかろうか。


 でも不思議と、僕はそれが不快じゃなかった。むしろ甘い幸福感に包まれているような、そんな気がして。


 一通り話し終えたあと、アルルは壁にもたれかかり、瞳を閉じたまま口を開いた。


「やっぱり……思った通りだわ」


「へ……」


「クラージ。あなたはきっと……誰よりも強いんだと思う。私なんかよりも……ずっと」


「いやいや、そんな」


 Sランク冒険者より強いって。

 それこそ魔王とか勇者レベルだ。


「私が諦めかけたときでも、あなたは身を賭してでも守ってくれた。あなたの《未来予知》は……きっと、あなたが死んでしまう分岐点も示していたんじゃない?」


「…………」


 それは図星だった。

 今回はうまくいったが、僕がすこしでも判断をしくじれば、間違いなく僕は死んでいた。アルルと違って、僕は戦う術を持たないし。


 それでも、彼女を助けたかった。

 ただ、それだけだった。


「ふふ。やっぱり」

 アルルが初めて、優しく微笑む。

「ステータスとかスキルの話じゃない。あなたは、誰よりも強くて――優しいの。じゃなければ、たったひとりで冒険者を救い続けるなんてできない」


「…………」


「――だから、私がみんなの代わりに言うわ」

 その日見た彼女の笑顔は、薄暗い洞窟のなかにあっても、眩いくらい美しかった。

「助けてくれて、ありがとう。クラージ」


「あ……」


 それこそ、僕がずっと求めていた言葉だったかもしれない。


 みんなを助け続けて。

 なのにずっと罵倒されてきて。

 ギルドでは《無能》扱いされて……


 それを、彼女は……


「これからはタメ口で話してよ。同い年でしょ?」


「へ。そ、それは、その」


「え、駄目なの?」


「うっ……」


 うるうるした目で言われたら否とも言えない。


 ギルドの受付係が、Sランク冒険者にタメ口……あまり想像できないけれど。


 彼女の有無を言わさぬ雰囲気に、僕はただ頷くことしかできなかった。





 さて。


 美少女のアルルと一緒にいたいのは山々だが、さりとてここは洞窟内。長居するには向いていない。


「アルル。これ以上は危険だ。そろそろ出よう」


 ……Sランク冒険者にタメ口。

 これにかなりの違和感を覚えながら、僕は立ち上がる。


 だって、仕方ない。

 万が一「さん付け」でもしようものなら、ぎろっと睨んでくるのだ。


 さすがはSランクの冒険者。風格も圧倒的だ。口には出さないけど。


「う……うん」


 アルルもしぶしぶといった様子で立ち上がる。


 なんだろう。彼女も名残惜しいと思ってくれているのかな。そんなわけないか。


 洞窟内は通路が入り乱れているが、出口に通じる道はひとつではない。魔物が待ちかまえている通路だけを無意識に避けながら、僕は口を開く。


「アルルさん……じゃなくて、アルル。これからどうするの? クリムゾンワイバーン、どこにもいなさそうだけど」


「そうね……」


 神妙な面持ちで頷くアルル。


 骸骨剣士の登場ですっかり忘れていたが、アルルの目的はクリムゾンワイバーンの討伐。


 依頼によれば、この洞窟内に潜んでいるという話だった。


 だが、いまのところそんな予兆はいっさい見えない。クリムゾンワイバーンはでかい声で咆哮するから、僕でも気づけるはずなんだ。


「……一度、ギルドに戻って報告してみるわ。なにか情報が得られるかもしれない」


「うん。そうだね。それがいい」


「……それで、さ」

 アルルがチラチラこちらに視線を送る。

「ギルドのみんなに、クラージのこと話してもいいかしら。私、あなたをこれ以上放っておけなくて……」


「アルル……」


 なんと優しい女性だろう。


 冒険者としての強さと正義感を持ちながらも、弱者への優しさも忘れない。そして時たま見せる乙女さながらの表情。


 外見的にも内面的にも、アルル・イサンスは素晴らしい女性だった。


 けれど――


「……ごめん。それは辞めておいたほうがいいと思う」


「え……」


「僕には視えるんだ。このスキルはたぶん、奴らにとって相当厄介なんだと思う。このスキルを公にした途端、奴らはきっと街を燃やしてでも僕を殺しにくる……」


「そ、そんな……!」


 悲痛な声をあげるアルル。


 だが、決してこれは僕の見間違いではない。

 目を瞑り、対象を《故郷》に絞ってスキル発動すると、やはりみんな殺されているのが視えるのだ。僕を、探し当てるためだけに。


「実際にも、骸骨剣士は秘密裏に行動していたっぽいでしょ? 自分たちの画策を知られたくないんだ」


「そ、それは……。でも、なんのために……」


「魔王の復活。これは間違いない」


 これには諸説あるが、魔王を蘇らせるには、人間の生き血を必要とするらしい。それも――できるだけ強い人間の血を。


 むかし読んだ文献の内容なので、詳細までは覚えていない。でもたぶん、魔王を復活させるには、まだまだ他の条件が必要だったと思う。それらを奴らは達成したか、もうすこしで達成できる状態にあるんだ。


「……だからできるだけ正体を隠して、裏で奴らの目的を阻止したほうがいい。じゃないと、多くの犠牲が出てしまう」


「そ、そんな!」

 アルルがくわっと目を見開き、僕の前に回り込んできた。

「あなたはまた、自分だけ犠牲になろうっていうの!? 大勢の人を助けるために、いままで通り、ずっと汚れ役を……!」


「アルル……」

 その切なる眼力に、僕は思わず顔を落としてしまう。

「ありがとう。でも……いいんだ。僕のためだけに、多くの犠牲を生むわけにはいかないだろう?」


「くっ……」

 アルルが悔しそうに目線を逸らす。

「だ……だったら!」


 そして数秒後、顔を赤くして叫び始めた。


「クラージ。私と組んでよ!」


「へ……」


 組むって……なにを。


「私があなたを守る。だから……あなたも、私をずっと見ててよ!」


「…………え」


 なんだそりゃ。

 それって、場合によっては告白……


「違うの! 違うんだからね!」

 さらに顔を赤くして滅茶苦茶に叫ぶアルル。

「あなたはいままで通り、多くの人を助けてるだけでいい。私ができるだけあなたを守るから……あなたも、ちょっとは私を見るように……」


 もはやなにを言ってるのかわからない。

 Sランク冒険者ともあろう者がどうしたことか。


 ――でも。

 素直に嬉しかった。

 こんな僕を、わかってくれる人がいるなんて。


「うん。わかったよ」


 だから僕は頷いた。できるだけ、最高の笑顔を添えて。


「う……」


 予想外の反応だったのか、アルルが数秒だけ硬直し。


「えいっ!」

「いたっ!」


 チョップを見舞ってきた。


「な、なにするんだ! やめてくれよ!」


「ふんだ。乙女心を弄んだ罰です!」


「わ、わけがわからない……」


 ひとりため息をつく僕だった。


 

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