しがない受付係の正体は

 ――終わった。


 あれほど手強かった骸骨剣士は、いま、僕たちの前で倒れている。眼窩に浮かび上がる炎もない。完全に命を絶っている。


「はぁ……っ」


 両膝に手を当て、僕はどっと息を吐く。


 終わった。僕たちは勝ったんだ。

 死ぬはずだったアルルの未来を、なんとか塗り替えることができた……!


 そのアルルはいま、達成感に満ちた表情で天を見上げている。一度は死にかけたのだから、喜びも一入(ひとしお)だろう。


 と。


「…………!」


 彼女の未来が視えた僕は、咄嗟に駆けだした。


 ほどなくして、アルルの足がふらつき始める。そのまま豪快に倒れてしまうところを、僕はなんとか受け止めた。


(あっ……!)


 その際、とても柔らかいなにかに触れてしまったが、さすがに不可抗力である。このまま倒れてしまうよりはマシだ。


「大丈夫ですか……アルルさん」


「う……ん」


 そんな僕の葛藤など知るよしもなく、僕の膝上(ひざうえ)で力ない声を出すアルル。


 そのとき初めて、極めて近距離で、僕たちの目が合った。


「…………」

「…………」


 しばらく沈黙が続いたあと、アルルが小声で言う。


「ごめん……しばらくこのままでいさせて……。落ちそう……」


「は、はい……」


 わかってたことだ。


 この戦い、彼女には負担が大きすぎた。

 いくらSランク冒険者といえども、束の間の休息は必要だろう。


 僕はしばらく、彼女に付き添うことにした。

 このまま彼女を放っておけば、近隣の魔物になにをされるかわからない。それくらいは《未来予知》を使わずとも、誰でもわかることだ。


 ……彼女から漂う甘い香りは、ちょっと僕には刺激が強すぎるけれど。


 それから何分経っただろうか。


「ん……」


 アルルの瞳が、ゆっくりと見開かれた。美しい翡翠色の目をしていた。


「あ……」

 膝枕をしてもらっていることを思い出したか、アルルが掠れ声を出す。

「ごめん……。ずっと、守っててくれたのね……」


「ははは。僕にはこれしかできませんから」


「そんなことない。ありがとう」

 アルルはそれからゆっくり上半身を起こすと、改めて僕と向き合った。

「自己紹介がまだだったわね。アルル・イサンス……Sランクの冒険者をしている者よ」


 はは、自己紹介か。

 そういえばまだ互いに名乗ってなかったな。


 彼女は、美しいSランク冒険者という高名を。

 僕は、無能なギルドの受付係という汚名を。


 それぞれ違う形ではあるけれど、お互いに有名だったから。


「クラージ・ジェネル。しがないギルドの受付係やってます。ははは」


「しがない……」

 僕の言葉を、アルルは静かに反芻する。

「……ねえ。あなたが私の依頼を拒否したのって、やっぱり……」


「…………」


 僕は黙り込んでしまう。


 これ以上の黙秘は無理か。

 スキルの正体を知られた以上、とても隠しおおせるものではない。


「……ごめんなさい。どうしてもあなたが死ぬ未来しか視えなくて、だから……」


「……っ」

 彼女の表情が後悔に歪む。

「ごめんなさい。私ったら、そんなことにも気づかないで……!」


 もの凄い勢いで手を握られた。


「はは、はははは」


 なんだろう。

 嬉しいような、だけどなぜかうっすら涙が浮かんでしまうような……


「いいんです。僕にはこれしかできない。だから……」


「だから……こうやってみんなを助けようとしてるのね? 自分が……汚名を背負ってまでも」


 どうして。

 どうして彼女は、そんなに悲しそうな顔をするんだろう。


 これは僕の問題なのに。

 これが僕の日常なのに……


 僕がそれを告げると、アルルはまた悲しそうな顔をするのだった。



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