無能な受付係、Sランク冒険者と共闘する。

 ★


「わわわっ……と」


 骸骨剣士に体当たりした僕は、とりあえず勢いに任せて着地する。


 そしてすぐさま、あらかじめ用意しておいた《仕掛け》を設置。昔から手先だけは器用だったので、これくらいは造作もない。


「ふぅ……」


 体勢を整えた僕は、改めて息を吐き出す。


 最強のSランク冒険者――アルル・イサンス。

 彼女は無事、生きていた。


 間一髪だったけれど、ひとまず未来を改変することに成功したようだ。


 現在は、地面に這いつくばったまま、あっけらかんと僕を見上げている。


 そんな彼女に向け、僕は手を差し伸べる。


「アルルさん。大丈夫?」


「え? う、うん……」


 目を瞬かせながらも、彼女は僕の手を取る。


「ごめん。あなたにこの依頼を受けさせたくなかった。僕のせいだ」


「え……」


 理解しかねる様子で訊ね返すアルル。

 だが、長くお喋りしている時間はない。


「フハ、ハハハハハ!」


 骸骨剣士が愉快そうに笑い始めたからだ。よほど面白いのか、こちらを指さしつつ、腹をおさえて笑い転げている。


「いったい誰かと思えば! 非力な人間が増えただけか! 馬鹿め!」


「…………」


 僕は改めて、骸骨剣士の風貌を観察する。


 豪勢な鎧。片手に握られた大剣。

 眼窩には青白い炎が浮かんでおり、あれが眼球代わりとなっているのだろう。骸骨剣士が笑うたび、炎が激しく揺らめいている。


 ――やはり、思った通りだ。


 未来予測のスキルで視えたのと、まったく同様の外見。

 アルルだけじゃない。ここ最近、数多くの冒険者において、奴に殺される未来が浮かんでいた。


 ……しかも、その殺し方には共通点があったんだ。


「骸骨剣士。なにが目的だ」


「はっはっはっ……ん?」


「おまえのしようとしたことはわかっている。アルルさんを殺して……その遺体を持って帰るつもりだったな」


「は……!?」


 青白い眼球が初めて硬直した。


「それだけじゃない。おまえは多くの人間に対し、今回みたいに《待ち伏せ》していたはずだ。……いったいなにが目的だと聞いている」


「な……んだと……」

 今度は明らかな動揺が見て取れた。

「馬鹿な……! いったい人間が、なぜ……」


 ビンゴか。

 この事件、やはり裏がある。

 だが――それを究明する余裕はなさそうだ。


「小僧。貴様が何者か存ぜぬが……知られたからには、生かしておくわけにはいかんな!」


 言いながら、骸骨剣士は大剣の切っ先をこちらへ向ける。


 たった、それだけで。 


「くっ……!」


 周囲にすさまじい爆風が発生し、僕は思わず呻いてしまう。通常ありえないほどの熱量に晒され、非力な僕にはこの圧力でさえ耐えられそうにない。


 ゴゴゴゴゴゴ……と。

 骸骨剣士のまわりを、漆黒の霊気が包み込む。その邪悪なる波動はたしかに本物だ。アルルが苦戦するのも頷ける。


「クラージさん……って言ったかしら。助けてくれて、ありがとう」

 僕の隣で、アルルがそっと呟く。

「ここからは私が相手するわ。あなたは逃げて。できるだけ遠くに」


 決然とした表情を浮かべ、一歩前に進み出るアルル。


 自分だって恐ろしいだろうに、たいした胆力だ。

 実際にも、すこしだけ腕が震えているが、懸命に抑えている様子だ。


「アルルさん……」


 素晴らしい女性だと思う。

 命を賭してでも他人を守るなんて。


 でも――僕はぎゅっと拳を握りしめる。


 この場を見過ごすわけにはいかない。


 もう、誰ひとりとして死んでほしくないから。

 もう、誰ひとり見殺しにしたくないから。


 多少無謀でも、僕の努力の先に助かる命があるのなら――


「アルルさん。提案がある。僕と共闘しよう」


「え……」


「単刀直入に言おう。僕には《未来予知》っていう固有スキルがある。これから骸骨剣士がどんな攻撃をしてくるか……ありありと視えるんだ」


「み、未来予知……!?」


 彼女はぎょっと目を見開いた。


「そんな……ありえるわけないじゃない!」

『そんな……ありえるわけないじゃない!』


 彼女とまったく同様の発言を、僕は同じタイミングで言い切ってみせた。


「あ……」


 と目を見開くアルル。

 もちろん、これも《未来予知》のなせる技である。


「お願いだ。このまま戦っても勝てない。どうか僕を……信じてほしい」


「…………」


 この後、同僚たちに怪奇な目で見られても構わない。

 これ以上の汚名が広がっても構わない。


 彼女が生きてさえくれたら……それだけで。


 彼女はしばらく僕の瞳を見つめていたが、なにかしら感じ入るものがあったのだろう。


「……わかったわ」

 と小さく呟く。

「一緒に戦いましょう。あなたを、信じるわ」

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