最高の救世主は、無能と呼ばれたギルドの受付係

「…………」


 僕は自分が情けなかった。


 固有スキル――未来予知。

 その効果は本物だ。


 なぜなら――僕自身が、このスキルの威力を思い知ったひとりだからである。


 いまから四年前。


 僕はなんの前触れもなく、《未来予知》というスキルを授かった。

 はじめはまったく意に介していなかったけれど、この効果は本物だった。


 このスキルは、自分以外の対象の未来を間違いなく当てる能力を持つ――


 だから、友達が怪我をする未来とか、異性に振られる未来とか、全部見通すことができた。


 それなのに、誰も僕を理解してはくれなかった。


 僕が忠告したところで、みんな僕を変人扱いする。もしくは、僕が《悪い未来になるよう導いた》のだと解釈する。これではなにもできないじゃないか。


 いつしか、僕は自分の殻に閉じこもるようになった。


 誰かを救うために、自分が傷つくなんて馬鹿げているじゃないか。


 だから馬鹿正直に忠告するのはやめたんだ。どうせ誰も言うことを聞いてくれないんだから、その未来を回避することもできないしね。


 だけど――大事な友達を失ってから、その考えは変わった。


「すまない……クラージ。おまえの言ったことは……正しかった……」

「悪かった……。おまえは俺のためを思って忠告してくれたのに……」


 そう言って息を引き取った友人に、僕は泣いた。


 結局は、自分が可愛かっただけなんだ。

 自分の名誉を守るために、誰かの死に見ないフリをしたんだ。


 だからもう――辞めたんだ。

 現実から目を背けることは。


 そういう意味では、ギルドの受付係は適職だった。この職であれば、死にゆく冒険者を足止めすることができる。


 相変わらず僕の評判は悪いけれど、それで満足だったんだ。


 僕には償いきれない罪がある。

 それを思えば、自分の評判なんて……


「アルルさん……」


 受付カウンターで立ち尽くしながら、僕は一時間前にギルドを去ったSランク冒険者を思い出す。


 断言しよう。

 彼女は間違いなく死ぬ。


 骸骨型の魔物に痛めつけられ、悲惨な最期を遂げるだろう。


 なのに、僕は止めることができなかった。その未来は間違いなく視えていたのに……


「いやぁ、アルル様、綺麗だったなぁ……」

「いつか俺も話してみたいよ……」


 テーブル席で、冒険者たちがアルルへの賛辞を口にしている。


 そう。

 彼女には魅力がある。

 そして――最強クラスに強い。


 このまま放っておいたら、世界にとっての大損害だ。


 それに比べれば……僕の生活費と自尊心なんて屁みたいなもの。

 ここでぼーっとしてる場合じゃないな……


 であれば、やることはひとつだ。


「おいクラージ、なにしてる!」


 こっそりギルドから抜け出そうとした僕を、同僚が呼び止めた。


「すみません、ちょっと急用が」


「お、おい馬鹿! 仕事中だぞ……!」


 同僚の呼びかけを無視し、僕は走り始めた。


「おいっ!」


 同僚が追ってくるが、関係ない。


 彼らがどう動くかは視えている。

 同僚たちの動きと反対の方向を、僕はひたすらに走り続ける。


 道中、薬屋にも寄っておく。これが必ず必要になる。


 ほどなくして馬小屋が見えてきた。この街で馬車を運営している店である。


「すみません! ワルード洞窟まで、全速力で!!」


「え! お、おう……」


 目を丸くする店主に銭を渡し、一番高い馬車を借りる。


 ここから目的地までは約50分。

 ギリギリになるが、間に合わない時間じゃない。


 間に合え。間に合え。間に合え――!

 馬車に揺られながら、僕はひたすらそう祈るのみだった。

 

 ★


 ――ワルード洞窟にて。


「くっ……」


 片腕を抑えながら、アルル・イサンスはひとり呻き声をあげる。


 身体が思うように動かない。

 毒でもかけられたか。


 それに、こいつ……想像以上の化け物だ。強すぎる……!


「あんた、何者よっ……!」


「フフフ。我か」


 邪悪なる声を発するは、豪勢な鎧に身を包んだ骸骨剣士。心なしか奴からは漆黒の霊気が立ち上っており、Sランク冒険者のアルルとて寒気を禁じえない。


「我は魔王様の配下なる者。忠実の僕(しもべ)よ」


「ま、魔王ですって……!?」


 思わず目を見開いてしまう。


 魔王。

 たしか数百年前、《勇者》とやらに退治されたはず。なんでそんな奴の名前が出てくるのだ……!


「フフ。我にかかれば、貴様なぞ赤子のようなもの。ほれ!」


「うっ……!」


 ずどん! と。

 魔法でもかけられたか、アルルはその場にひれ伏せてしまう。


 重い。

 動けない。

 なにもできない……!


「ヒャヒャヒャ! 年頃の娘が、なんとあられもない格好をしてるねぇ!」


「嘘……。やだよ……こんなの……!」


 知らず知らずのうちに涙が溢れてしまう。


 こいつ……予想以上に強すぎる。

 しかもクリムゾンワイバーンの対策で準備をしてきたため、毒への対抗手段を用意していなかった。時間がなかったというのもあるが。


 こんなことになるなら――この依頼、受けないほうが良かったのかな。


 結局、クリムゾンワイバーンを見つける前に死んでしまいそうだ。なんて無様なんだろう。Sランクが聞いて泣く。


「ケッケッケ。では、死んでいただこうかね」


 骸骨が片腕を掲げ、謎の球体を浮かび上がらせる。

 あれを喰らったが最期、無事では済まないだろう。私は死ぬ。木っ端微塵に。


「おおおおおおおっ!!」


 ――聞き覚えのある声が聞こえてきたのは、そのときだった。


「アルルさん! これをっ!」


 闖入者(ちんにゅうしゃ)は透明な液体をアルルに振りかけてきた。


「こ、これは……」


 思いがけず目を見開く。

 速攻で毒を治す特効薬……。こんなもの、どうして……!


 そうして急に姿を現した恩人を、アルルは一生忘れないだろう。


「ぬおおおおおおおっ!!!」

 闖入者――クラージは、あまりにも不器用な体当たりを骸骨剣士に敢行。

「くおっ……!」


 そのおかげで、骸骨剣士の攻撃がぶれた。奴から放たれた球体が、アルルのわずか数センチ横の地面にぶつかり、消えた。


 

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