無能と言われたギルドの受付係、Sランク冒険者の美少女に溺愛される。〜実は固有スキル《未来予知》で冒険者を救ってました〜

どまどま

無能と言われたギルドの受付係は、陰で冒険者の命を救う。

「うわっ!」


 僕は思わず尻餅をつく。

 それほど、目前に視えたモノは常軌を逸していた。


 その内容はこうだ。

 ――五時間後、目前にいる冒険者は骸骨型の魔物に手も足も出せず、あっさりと殺される――


 いま僕の視界には、魔物に蹂躙されている冒険者の姿がありありと映っていた。つまり彼は、このまま依頼を引き受ければ確実に死ぬことになる――


「おいおい、どうしたんだよ」


 そんなことは露知らず、件(くだん)の冒険者はカウンターの向こう側でヘラヘラ笑うのみ。


「い、いえ……なんでもありません」


 立ち上がりながら、僕はなんとか平静を整える。


「だったら早く手続きしてくれないかね。こちとら忙しいんだ」


「…………」


「クラージ! 聞いてんのか!」


「は、はい……!」


 冒険者の怒鳴り声に、僕は思わず身を竦ませる。


 ものすごい迫力だ。

 さすがはBランクの冒険者だけある。


 対する僕は――しがないギルドの受付係でしかない。


 クラージ・ジェネル。

 19歳。


《未来予知》という固有スキルは持っているが、他のステータスは覚束ない。


 剣術、魔術、すべてにおいて駄目。

 勉学方面での才能もなし。


 かといって昔からの夢を諦めることもできず、こうしてギルドの受付係として日々を過ごしている。


 ――もう、昔のような大惨事は見たくないから――


「あ、あの、すみません」

 僕は意を決して、自分よりだいぶ体格の良い冒険者を見上げる。

「こ、この依頼はすこし前に他の冒険者が受注してまして……。僕のミスで取り下げ忘れていました」


「……あ?」


「申し訳ありません。僕の不手際で……わわっ!」


 冒険者に胸ぐらを捕まれた。


「本当、だろうな?」


「へ……」


「聞いてるぜ? おまえ、そうやって何度も仕事をミスってるんだってな。何回同じことを繰り返すんだ?」


「ん……ぐぐぐ……」


 そう。

 それらすべてのミスは、僕が意図的に作り上げたもの。


 死亡とまではいかなくても、両腕の欠損など、取り返しのつかない《未来》が視えた場合、このように依頼を受けさせないようにしている。


 おかげで、ギルドにおける僕の信頼は地に墜ちている。


 あいつは無能で、なんの仕事もできないダメ人間――そんな噂がそこらじゅうで蔓延っているわけだ。


 未来予知のスキルを明かせば、みんな理解してくれるかもしれない。


 でも、誰も信じてくれないんだ。

 なんの才能もない底辺が、固有スキルを身につけているなんて。


 固有スキル――それは天に選ばれし者のみが所有する、最高峰のスキル。


 Sランクの冒険者でさえ持っていないそれを、僕が所有しているなんて……


 誰も信じない。

 信じるわけがない。


 だからこうして、今日も汚され役を背負っている。


 たとえ不名誉な評判が広まったとしても、また同じことを繰り返したくはないから……


「すみません。本当なんです。信じてください……!」


「けっ」


 観念したのか、冒険者が僕を突き放す。


 ひどい扱われようだが、僕は何度も同じミスを繰り返している――ように思われている。

 そのせいで、依頼主に迷惑をかけている――ように思われている。


 となれば、冒険者の怒りも至極当然。悪いのは僕であって、彼じゃないんだ。


「しらけたぜ。今日は帰る」


「す、すみません……」


 つまらなそうにギルドを立ち去る冒険者に、僕はひたすら頭を下げ続ける。


「またあいつかよ……」

「もはや問題児だな」

「クビにしたほうがいいんじゃねえの」


 周囲の冒険者たちが、僕に冷ややかな目線を向ける。それだけではない。同僚の受付係もまた、同様に冷たい目を向けてくる。


 仕方ない。

 わかっていたことだ。


 そんなことより、今回も無事、誰かを救うことができた。


 そのことに、僕はひとり安堵しているのだった。


 ★


「ごめんくださーい!!」


 場違いなほどに明るい声が、ギルド内に響きわたる。


「お、おい……」

「あの方は……!」


 たったそれだけで、周囲一体が大きくざわついた。さっきまでテーブルで歓談していた冒険者たちが、緊張した面持ちで立ち上がる。


 それもそのはず。


 ――アルル・イサンス。

 ギルド最強クラスのSランク冒険者。


 ふんわりとした金髪を首のあたりまで伸ばし、毛先が可愛らしく跳ね上がっている。顔立ちも天使さながらに美しく、一度見たら忘れられない風貌だ。そして――どこがとは言わないが、でかいのも特徴である。


 ギルドの登録情報によれば、歳は19。つまり僕と同い年だ。


 その若さでSランク、そしてこれほどの美貌の持ち主……

 となれば、有名にならないわけがない。僕とはまさに対極に位置するお嬢様だ。


「アルル様!」

「今日も一段とお美しい……」


 そんな男たちの呼びかけをまったく無視して、彼女は一直線に僕のところまでやってきた。


「ねえ! この依頼を受けたいんだけど!」


「は、はあ……」


 その大胆っぷりには苦笑を禁じえない。

 凡庸なる男など眼中になし――その噂は本当だったみたいだ。


 さてさて。

 そんなことはどうでもいい。


 冒険者に依頼の受諾を持ちかけられたら、迅速に丁寧に手続きするのが僕たちの役目……


 と。


「え……」


 僕はまたしても目を見開いた。


 アルルから視えた《未来》が、またしても暗澹たる有様だったんだ。


 ――骸骨型の魔物になすすべもなくやられ、殺されてしまう未来が――


 また骸骨型の魔物か。

 最近はどうなってるんだ。

 やたら同じ魔物に殺される未来が増えている。


 しかも――Sランク冒険者たるアルルでも適わないなんて。いったいどうなってるんだ……?


「ねえ! どうしたの? 早くしてよ」


「あ、はい。すみませんっ」


 慌てて依頼書を確認する。


 ……クリムゾンワイバーンの討伐依頼、か。


 この魔物自体はそこまで強くない。アルルなら簡単に倒せるだろう。


 おそらく、

「近隣の村に大きな被害が出ているため、早急に対処してほしい」

 という文言に惹かれたんだと思う。


 だけど、この依頼を受けたら、彼女は――


「すみません、あの」


「なに?」


 いい加減怒ってきたか、アルルが目つきを険しくする。


 僕は震える自分の声を聞いた。


「こ、こここ、この依頼は受けられません。す、すでに達成されたと……」


「は? ほんと?」


「は、はい……」


 言い訳としては苦しいが、咄嗟に最適な答えは浮かばなかった。


 元々コミュ障だってのもあるし、Sランク冒険者を相手にするなんて考えてもいなかったから。


「そう。達成されたのね。いまから確認してもいいかしら?」


「え……」


「そう。ここから現場の様子を透視するの」


「と、透視……!?」


 まずい。

 そんなことされたら一発で嘘がバレる。


 嘘だろ。Sランク冒険者はそんなこともできるのか……!


「ちょ、ちょっと待ってください、アルルさん」

 ふいに、同僚の受付係が割り入ってきた。

「アルルさんの手を煩わせるまでもありません。たったいま私のほうで確認しましたが、この依頼は達成できてません。こいつ――クラージの確認ミスです」


「へー、そう」

 アルルが冷ややかに僕を睨む。

「クラージ・イサンス。話には聞いてたけど、あなたがその人だったのね」


「…………も、ももも申し訳ありません」


 僕はもはやなにも言えなかった。

 ただひたすらに、頭を下げるのみ。


「あなた、わかってる? 自分のせいでどれだけ迷惑をかけてるか」


「…………」


「この仕事やめたほうがいいわ。向いてないから」


 言うなり、彼女は隣の同僚に問いかける。


「――で、この依頼、受けてもいいのよね」


「は、はい! それはもちろんでございます!」


「そ」


 そうしてアルルはくるりと振り向き、ギルドを後にするのだった。


 彼女が死を迎えるまで、あと二時間……

 僕はいてもたってもいられなかった。

 

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