「本当においしいです。やっぱり凄いですねえ、本物は」

「ご存じとは思いますが」と老婦人は言った。「主人は、人に恨まれるような人間ではございません」

「承知しております。すぐにお戻りになるはずです」

 老婦人は急に今回の件について話したが、むしろ森下は安心感を覚えた。これまでそれに触れなかったことが異常なのだ。

「私も主人がすぐに戻ると思っています。ですが、主人がいなくなって以来、以前から寡黙だった孫がもう一言も、きっぱりと一言も話さなくなってしまいました」

 森下は少年の方を見た。少年は森下と一瞬目を合わせると、すぐにまた前方を向いた。

「お孫さんは……いつもあそこに座っているのですか?」

「そうです」

「話しかけても何もしゃべらないんですか?」

「ここのところ、私は話しかけてはいませんでした。そんな機会がなくて」

「じゃあ、話しかければ、もしかしたらしゃべってくれるかもしれませんよねえ」

「そうですねえ――年のせいか、そのようなことに思い当たりませんでした」

 老婦人は少年の方を見た。少年は姿勢を変えない。

「私が話しかけてみましょう」森下は提案した。「しゃべってくれれば儲けもんですし。えーっと、お名前は――?」

「ミチルといいます」

「ミチル君ですね。じゃあお話ししてみます」

 老婦人はほんの少し、かすかに頷いた。

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