「申し訳ありません、お時間おかけいたしまして」老婦人がお盆の上に黒いティーポットと、二組のカップとソーサーを載せて戻ってきた。

「どうも、申し訳ございません」と森下は言った。

 森下はこの老婦人がまったく笑っていないことに気付いた。老婦人の手は震えていた。お茶の支度でさえ難儀のようだ。それにも関わらず、家族である少年も女性も我関せずだった。

「あ、奥様、私自分で注ぎます。お座りください」森下は老婦人の様子を見るに堪えず、立ち上がった。

「いえ、私が注ぎますので、おかけください」

 老婦人に断固としてそう言われると、森下は素直に腰を下ろした。座ってしまってからは、黙って老婦人がお茶を注ぎ終わるのを待つしかなかった。森下は客間に漂う生命を帯びたような空気に、捕らわれたとような気がした。


 老婦人はまず、ソーサーを二つテーブルに置いた。小さな音だったが、滑らかな置き方ではないので、神経質な音がした。森下は目の前の光景から目を逸らすことができなかったが、音の響きによって同じ室内にいる少年と女性の気配と、うす暗いこの客間の広さを感じとった。

 老婦人はカップをソーサーの上に置いた。白地に青で、枯草模様に似たまだらな模様が描かれている。二つとも同じだ。そしてティーポットから紅茶を注いだ。注がれる音は、ロッキンチェアの揺れる音と同化した。リズムがピッタリだったのだ。

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