客間の隅に、さっきから老婦人の孫がいる。十歳くらいの少年で、やや堅そうなダークブラウンのソファに座っていた。少年はこれから私立の小学校へ登校するかのような格好をしていた。ハイソックスに紺の半ズボン。シャツの上に紺のジャケット。髪の毛はワックスか、もしかしたらリーゼントで固めたかのように艶があり、整えられていた。だが、今は午後だ。登校する様子もない。

 森下は声をかけようか迷ったが、よすことにした。少年は向かい側の何かを見つめたまま、考え事をしているようだった。口元に微かな笑みを浮かべたその表情は知的に見えた。時折、森下の方を見るのだが、すぐにまた視線を正面に戻してしまう。


 その反対側、午後の光が入る窓際には、ロッキンチェアに座った女性がいた。長い黒髪に顔が隠れ、年齢の見当はつかない。高校生にも、三十代にも、見方によっては五十代にも見えた。白く薄いワンピースを着ている。肌もそれに劣らず白い。ほっそりした女性だ。窓は全開にされ、女性はテーブルの方を向いてロッキンチェアを微かに揺らしていた。

 森下はその女性の異様さをいなめなかった。透けてしまいそうな存在感もそうだが、何より気味が悪いのはロッキンチェアをひたすら揺らす様子だ。時を刻む柱時計の振り子の義務を請け負ったかのように、女性はその運動をやめなかった。森下はその女性が自分の方を振り向かないことを祈った。

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