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 美しく光り輝く世界


 田辺はずっと天国に関する小説を書いてきた。

 別にこの世界が嫌いだとか、天国が本当にあるとか、そういうことを思っていたわけではないのだけど、田辺の考える、田辺の中にある世界では、確かにそう言った『美しく光り輝く世界』というものが存在していた。

 その世界のことを、田辺は『天国』と呼んでいたのだ。(田辺は、神様を信じていない。宗教にも関心がなかった。小説の内容に関係ある部分を除いては)

「田辺さんの書いた『天上の光』は本当に素敵な小説でした」

 にっこりと笑って深雪は言った。

 年齢のことは聞いてはいないのだけど、おそらく、自分の一回り以上下の年齢に見える深雪の美しい笑顔を見て、田辺は天使、という言葉を連想した。

 ……『もしかしたら、深雪の背中には真っ白な天使の翼が二枚、生えているのかもしれない。僕の考えた天上の光に出てくる、あの、空を飛んで天国を目指す人々のように』。

 田辺はそんなことを思った。

 でも、もちろん、田辺深雪の背中には真っ白な羽根なんてどこにも生えていなかった。

 当たり前だ。人は空を飛べない。あるいは、空を飛ぶ必要がないのだから。

「田辺さんは、僕と同じ苗字なんですね」と田辺は言った。

「ええ。そうですね」と深雪は言った。

 それから深雪は、「田辺さん。この世界には私たちの知らない、『たくさんの秘密』があることを知っていますか?」と田辺に言った。

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