七海が中学校の陸上部の3000メートル走の記録を更新したのは、美鷹が陸上部に入部してからすぐの中学一年生のころだった。みんなに「すごい!」と言われて祝福されているそんな七海の姿を見て、呆然と立ち尽くしていた美鷹は、ぎゅっとその手を硬く(それこそ血がにじむくらいに)握りしめた。


 その日、美鷹の見ている世界は逆さまだった。

 その理由は、今、美鷹が中学校にある鉄棒に両足をかけて、鉄棒の下で宙ぶらりんの姿勢になっているからだった。(美鷹は中学生になっても、まだそんな風にして小学生みたいな行動をよくしていた)

 美鷹の見ている世界は真っ赤な夕暮れの色に染まっている。

 そんな夕暮れ色に染まっている校庭で、七海は一人、まだ残って大地の上を走り続けていた。

「七海ちゃん。そろそろ帰ろうよ。もうずいぶんと遅い時間だよ」

 自分の前のところで足を止めて、はぁはぁと息を整えている七海に向かって美鷹は言った。

「待って。もうちょっとだけ走る」

 美鷹を見ながら、体操服の首元の部分を伸ばして汗をぬぐって七海はいった。

「じゃあ、待ってる」

 と美鷹はいった。

 それから七海は陸上部の顧問の先生である湊川笛先生に怒られるまで、ずっとずっとたった一人で、誰もいない夕焼けの校庭の中を汗だくになって走る続けていた。

 中学校の大会では、つねに七海は勝負に勝った。

 七海は大会に出ればいつも一番だった。

 七海は誰にも負けなかった。いつも、七海は美鷹の前を走っていた。そんな七海の背中をずっと見ながら、美鷹は中学校の三年間を過ごした。


 それから七海は女子3000メートル走の中学生選手として数々の新しい記録を更新して、スポーツ特待生として、陸上の名門の白鳩高校に入学した。

 白鳩高校には、美鷹も、同じように(美鷹は100メートルの選手として)スポーツ特待生として入学をした。白鳩高校では二人とも陸上部に入部をした。でもこのころになると、二人は中学校時代のように、一緒に二人で陸上部の顧問の(白鳩高校の陸上部の顧問の先生は山南伊吹先生と言った)山南先生に怒られるまで残って練習したりすることはなかった。

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