第二話:決意は微睡みの渦の中

 業火が四人を包み、彼女達は非業の死を遂げ。この物語は終わりを迎える。

 そんな現実は、そこにはない。


 何故ならば。

 彼女達はあくまで、最後にその光景を見ただけなのだから。


 突然四人の視界が、まるで空間が歪むように一瞬ぼやけた。

 そして。

 瞬く間もなく次に四人が見たもの。

 それは、噴水エリアのドラゴンの背を遥か遠くに見ることができる、歩道からの景色だった。


 先程まで存在したはずの、眼前に迫り来る炎はそこにない。

 だが、放たれたブレスによるものなのだろう。遠方でもそれを強く感じるほど、今までにない火柱がドラゴンの前方に上がっているのを、彼女達は遠間に見る事ができた。

 あの中にいれば、間違いなく四人は跡形もなくちりと消えていたに違いない。


「どういうこと、だ?」

『助かった……のでしょうか?』


 御影とエルフィは唖然としながらそう呟く。と、直後。はっとした二人は、思わず互いに声がする方を見た。


 霧華を肩で支える御影。そのすぐ右脇で倒れている佳穂と、かたわらひざまずいているエルフィ。

 気づけば二組は、先程までと完全に位置関係が変わっていたのだ。

 混乱に拍車がかかる中。

 ふと、死神の手の感触が背中から消えた気がした。そして……。


「大丈夫?」


 四人の背後で、優しい男の声がした。

 聞き覚えのある声。だが、ここで聞けるはずのない声。


「雅騎!?」

「はや、み?」

「速水、くん……?」

『貴方は……』


 各々が思わず驚きの声を上げ、同時に身体を動かせない佳穂以外の三人が、声の主に顔を向けると。そこには、普段と同じ笑顔を向ける、雅騎の姿があった。


 有り得ないはずの存在がそこにいる。

 彼女達はその事実に、ドラゴンの業火から逃げおおせた事実以上の驚愕を見せた。


 ここに居るはずがない理由。

 それは、彼女達こそこの公園に人払いの結界を掛けた張本人だからに他ならない。


「しかし、三人が知り合いだったなんて初めて知ったよ」


 そんな皆の心情を知ってか知らずか。悪気のない笑みを見せる雅騎に、


「何故お前がここにいるのだ!」


 御影は思わず強く声を荒げた。


「いや、ちょっとそこでさ」

「馬鹿な!?」


 困ったように笑う彼を見て、彼女はより強い怒気を孕んだ、驚きの声を返す。

 本人にその気がなかったにしても、彼女からすれば人を嘲笑あざわらうような、ふざけた答え。それは頭に血を登らせるに充分だった。

 だからこそ。


「ど、どんな理由だ! 私は真面目に……!?」


 真実を問いただそうと、御影は更に声を荒げようとしたのだが。ふと、ある事実に気づき、その言葉を失った。


  ──何故、もっと驚かんのだ?


 そう。

 ここには、彼が驚くべきことが沢山あるはずだ。

 公園中を炎が包み。現代に存在しないはずのドラゴンのような怪物がいる。

 傷を受け疲弊ひへいしている自分達。そして、佳穂とエルフィの天使のような翼。


 彼に自身の活動など告げたこともない。そんな中での、この不可思議だらけの状況。

 普通に考えれば、雅騎が驚き、戸惑う数々の異質な環境と存在が、そこにはあるはずなのだ。

 しかし彼は、それがさも当たり前と言わんばかりに、あっけらかんとした表情をしている。


 普段であれば、より彼に言及できるだけの違和感に気づき、多少はまともな分析もできたかもしれない。

 だが、それでなくとも彼女達に起き過ぎた波乱の連続の中では、御影も頭の整理が追いつかず。

 混乱し。沈黙し。戸惑いの表情を浮かべるのが精一杯。


 そんな彼女の反応で、何かを察したのだろう。雅騎は軽くため息を漏らすと、表情を一変させた。


「……今は理由なんかより、やるべきことがあるんだろ? 御影」


 真剣な目で見つめる雅騎の凛とした表情に、彼女は思わず息を呑む。

 そして同時に。そんな彼の存在が、彼女の心を少しずつ落ち着かせていく。


  ──そう。今は……。


 御影の表情から、迷いが消えた。


 小さく頷いた彼女を見て、雅騎もゆっくり四人に歩み寄り、御影と佳穂の間に立つと、遠くに立つドラゴンに視線を向けた。


 相手は戦っていた相手を倒していないと直感したのか。周囲をきょろきょろと見回し、彼等を探している。

 だが。よもや背後のかなり離れた位置にいるとは思わないのか。未だ五人の姿を捉えられずにいた。


「まずはこの場は離れて、身の安全を確保するか」


 雅騎は御影に同意を求めるべく視線だけを向ける。が、彼女はやや表情を曇らせると、うつむき首を横に振った。

 予想外の答えに、彼は驚きと共に御影に顔を向ける。


「何で!? みんなもうボロボロじゃないか!」

「でも……ダメ、なの……」


 雅騎の言葉に対し、息を切らしながら苦しそうに否定を口にしたのは佳穂だった。


「どうして──」

「あいつを、倒さないと……町の人達に、被害が……ぐっ」


 更に疑問を返そうとした彼に割り込んだのは、佳穂ではなく霧華。

 気丈に振る舞おうとする彼女も、突然襲った激痛に言葉を失い、思わず苦しげにうめく。

 はっとした御影は、肩を貸したままゆっくりと身を屈め、彼女を横たわらせてやった。


 死を免れたとはいえ、そのまま戦えば、それこそ死神に命を狩られるのは目に見えている。

 しかし。それでも逃げようとしない三人の言葉には、強い覚悟と信念が感じられた。


  ──決意は堅い、か。


 諦めたように、雅騎はため息をく。


  ──とはいえ、御影や如月さんは分かるけど、綾摩さんも、ってのは意外だな。


 四人が気づかないほどのほんの一瞬、彼は表情を緩める。が、すぐにその表情を引き締めると、真剣な眼差しをドラゴンに向けた。


「倒す方法は?」

「分からぬ。我々の力でも僅かに傷をつけるのがやっと……」


 声のトーンを変えず質問を続ける雅騎に、御影は悔しそうにそう続ける。だが、次の質問でその表情を一変せざるを得なかった。


「じゃあ、普段はどうしてる?」

「普段だと?」

「ああ。皆がこうやって戦ってたってことは、過去にもこういう奴等と戦ってたって事だろ? その時はどうやって倒してたんだ?」

『……相手の意識を途切らせる事ができれば』


 雅騎のそんな不可思議な問いに答えたのはエルフィだった。

 少々変わった答えに、彼はちょっと不思議そうに彼女を見る。


「途切らせる? 殺す必要まではないってこと?」

『はい。理由はわかりませんが、過去の戦いでは気絶させた後、彼等はその場で霧散むさんしています。、ですが……』


 勿論例外はありうる。今回が同じとは限らないと言わんばかりに言葉を濁すエルフィに、


「そういうことか」


 納得するように頷くと、彼はゆっくり目を閉じた。

 静かに深呼吸をひとつ。そしてまたゆっくりと、目を開く。


「……まあ、何とかなるか」

「何とか、だ……」


 佳穂以外の三人が見上げるように彼を見つめる中、御影が疑問をぶつけようとした矢先。

 突然、彼女達の意識が急にもやがかった。


「な……なん、な……」


 霧華も驚きの声を上げようとしたが、もやがかかった意識は急激な眠気へと変化し、言葉を紡ぎ出す事すらできない。

 そして。強い微睡まどろみが、急激に彼女達の意識を奪っていった。


「よく頑張ったな。ゆっくり休みな」

「はや、み、く……」


 弱々しい声で、佳穂は最後の力を振り絞り、雅騎を見上げた。眼に映る彼は、視線があった瞬間。優しそうな笑みを見せる。


 そして。

 その姿がまぶたの暗幕に覆われ……三人の意識は、闇に消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る