第一話:そこにいるべきではないもの達

 神麓公園かみふもとこうえん

 神麓山かみふもとやまの裾野にある、海と山に挟まれた神麓市かみふもとし

 その南側、下社町しもやしろちょうにある、この市で最も規模が大きい公園である。


 生い茂った木々や噴水など、規模に見合うさまざまな施設も充実しており、休日や昼間はあちこちでくつろぐ人々が集まってくる、憩いの場のはずのこの公園。だが、繁華街からやや離れた山側にあることもあり、夜ともなれば、普段はとても静かな場所である。


 そんな公園の木々は今、広範囲に渡り燃え広がり、まるで山火事のように燃え盛っていた。

 だが。

 周囲の人間は、公園のそばを歩く者すら、まったくそれに興味を持つ事もなければ、消防がこの惨状に駆けつける気配もなかった。

 これだけ目立つ火災にも関わらず、である。


 火災の原因は何か。

 その答えは公園中央の噴水エリアにあった。

 いや、正しくはエリアに、と言うべきだろうか。


 既に粉砕され跡形もない噴水を下敷きにし、この世界に存在すべきではないものが、そこに鎮座していた。

 周囲の炎に照らされた赤き身体に無数の鱗。背中には巨大な一対の翼。まるで大型ダンプカーを思わせる巨体。胴の後ろでゆっくり、地面を叩くように揺れる長い尻尾。

 頭に付いたいかつい双角と鋭い牙。そして、たまに口からちらちらと見える粉塵ふんじん


 そう。それはファンタジーを知る者なら即座に『ドラゴン』と呼ぶ生物そのものだった。

 そして、ドラゴン──と決まったわけではないが、便宜上そう呼ばれる物の前に、息を切らした三人の少女と、一人の女性が立っていた。


 三人の少女はみな同じ、近隣の神城高校かみしろこうこうの紺色のブレザーを纏っている。だが、その制服は所々解れ、切り裂かれ、焦げていた。

 ドラゴンに対峙するように多少距離を開け、前に二人の少女が立ち、その数歩後ろで膝を突くもう一人の少女と、傍で見守る一人の女性。


 みながそれぞれに疲弊した表情を浮かべ、大きく肩で息をしている。しかし同時に真剣な表情で、いつ来るかもわからないドラゴンの攻撃を警戒し、目線を切らさず相手をじっと睨む。


 パチパチと木々が燃える音だけが耳に届く中。

 次の瞬間。前に立っていた太刀を持つ漆黒のポニーテールの少女は、ドラゴンに向かって駆け出したかと思うと、相手に向かい大きく跳躍した。

 その人並み外れた脚力が、少女をドラゴンの頭上を超える高さまで跳ばす。ドラゴンがその姿を追うように天を見上げると。


「はぁぁぁぁっ!!」


 気合を込めた声とともに、少女は太刀を頭上で構えた。声に呼応し、刀身に白きオーラが浮かび上がる。


天鷹斬てんおうざん!!」


 掛け声と共に、太刀を縦に一閃。

 刀身にまとっていた白きオーラが勢いよく放たれると、それは鷹に姿を変え、滑空しドラゴン目掛け襲いかかった。


 ドラゴンはそれに驚く事もなく、後ろ脚のみで立ち上がると、右前脚でそれを容易く受け止めると。

 瞬間。ドラゴンの半身を巻き込むほどの、白く激しい爆発が起こった。

 爆風の衝撃が、周囲の空気を大きく揺らす。

 その威力は相当のもの……の、はずだった。


 だが、残念ながら。

 爆発が消えた後、その場にダメージも感じさせずドラゴンは仁王立ちしていた。

 天鷹斬てんおうざんを受けた右前脚にすら致命傷はなく、ただ僅かな傷が付いた鱗が見えるのみ。


「これも効かぬだとっ!」


 少女が悔しそうな表情を浮かべつつ、身体を前に屈めるような姿勢で勢いよく地面に着地する。

 が、次の瞬間。


「なっ!?」


 疲労の為か。跳躍の勢いを殺せず勢を崩すと、そのまま前のめりに転がってしまう。

 咄嗟に受け身を取るも、前方へ転がった勢いは殺しきれず、無防備のままドラゴンの前に滑るように身を投げ出した。


 ドラゴンはその隙を見逃さず、そこだ! と言わんばかりに口を開き、高熱を帯びた火球を吐き出す。


「しまっ……!!」


 避けられないと察し、黒髪の少女が絶望の表情を浮かべた刹那。


  ダダダダッ!!


 飛来する火球に数発の光弾が撃ち込まれ、それは彼女に届く前に爆散した。

 爆風を避けるように、慌てて姿勢を低くし両腕で頭部を庇うポニーテールの少女。


御影みかげ! 下がって!」


 声のした方に振り返った神名寺みなでら御影みかげの視線の先に、先程並んで立っていた短い赤髪の少女が、眼鏡の下に苦しそうな表情を浮かべ立っていた。


 近未来な風貌を感じさせる長銃を構え、肩で息をしながら何とか立っていた彼女だったが。彼女もまた限界が近いのか。ほんの僅かに意識が飛ぶと、身体が一瞬崩れ落ちそうになる。

 咄嗟に長銃を杖代わりに無理やり身体を支えるが、その反動が背負いし傷に響き、強い苦悶の表情を浮かべてしまう。


霧華きりか!?」


 慌てて踵を返し、御影は如月きさらぎ霧華きりかの左脇に並び直す。


「大丈夫、よ……」

「嘘をつけ!」


 何時になく力ない霧華の言葉に、彼女なりの強がりを痛感し、御影は思わず本音をぶつける。

 手に持った太刀を握り直し、身体と顔はドラゴンに対峙する姿勢を維持する御影。


「どうすればよいのだ」

「分からないわ。でも、私の攻撃もあれが最、ご……」


 そう呟やきかけた霧華の視界がまたも揺らぎ、意識が途切れた。


「霧華!!」


 横目で見ていた彼女の姿が、まるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちそうになる。御影は慌てて太刀を手離すと、肩を貸すように身体全体で彼女を支えた。

 その衝撃と悲痛な叫びで、辛うじて意識を取り戻す霧華。しかしその表情が一気に青ざめる。

 何故かといえば。視線の先にいるドラゴンが、彼女達に追い打ちをかけようと構える動きが見えたからだ。


  グオォォォォォッ!!


 大地をも振動させる巨大な咆哮をあげ、ドラゴンは長い首を二人に向けると、再び口から豪炎の火球を放つ。

 御影がハッと気づいた時には既に遅く。その火球は目の前に迫っていた。


  ──られる!


 二人が直感的に悟った刹那。突然、彼女達の目の前に、金色こんじきの輝きを放つ、巨大な魔方陣が展開され、火球はその強固な陣に直撃すると、派手に爆散した。

 その身を襲う強い爆風に、思わず身を屈める御影と霧華。


佳穂かほ!?」


 二人は同時に救世主の名を叫び、後ろを振り返った。

 そこには白き天使のような翼を背に纏った、栗毛色のセミロングの髪を持つ綾摩あやま佳穂かほと、その傍に同じく翼を背負い金髪の長髪を持つ白いローブを纏った女性の姿があった。


 佳穂は両膝を突き、左腕を地に立て身体を何とか起こしたまま、正面に突き出したほのかに光る右腕で、魔方陣を繰り出していた。

 額を流れる大量の汗が肩に掛かりそうな髪を伝い、こぼれ落ちる。彼女もまた今にも倒れそうな苦しげな顔だ。


『佳穂! これ以上力を使えば貴女も……』

「二人が、危ないの……。助けな、きゃ……」


 己の使命を言葉にするも、身体がついてこない。そんな佳穂の痛々しい姿に、金髪の女性は思わず目を逸らす。

 と、その直後。

 御影と霧華を守っていた魔方陣が光を失い消失すると同時に。光を失った佳穂の右腕がだらんと下がり。そのまま彼女は、自らの身を庇う事もできず、前のめりにどしゃりと倒れ込んだ。


『佳穂!』


 金髪の女性は慌てて彼女の脇に屈みこむと手をかざし、何か呪文のような言葉を詠唱した。

 直後、佳穂の身体を温かな光が包みこむ。


「エル、フィ……無理は、ダメ……」

『貴女を見殺しにはできません』

「なら……二人を……」


 エルフィと呼ばれた女性の力で僅かに意識を取り戻すも、顔をあげることすらままならない佳穂。

 それでも二人の安否を確認すべく、無理やり御影と霧華に力ない視線を向けると、エルフィも佳穂を治癒しながら、同様に二人を見た。

 目が合う四人。互いが互いの姿を見て、各々が既に限界が近い事を悟る。


「もう、ここまでなのか?」

「わからない。けど……逃げることも、難しいわ、ね……」


 苦々しい顔で問いかける御影に、冷たい現実を口にする霧華。

 絶望的な状況の中、視線を逸していたドラゴン側より強い風を感じ、二人はゆっくりと相手に顔を向けた。


 ドラゴンは背中の翼を羽ばたかせ、その巨体を宙に浮かべていた。

 高さ五メートルほどであろうか。そこで静止した相手は首ごと身体を仰け反らせ、大きく、長く息を吸い込んでいる。


 ドラゴンが火球ではなく広範囲を焼き尽くすブレスを吐いてきたのを、彼女達はこの戦闘で何度か見てきた。その動きはそれに酷似しているが、それにしても息を吸う時間が長い。

 あからさまに異様な雰囲気から、四人が今までにない強力な攻撃が来ることを察するのに、時間は掛からなかった。


 しかし。

 既に佳穂、御影、霧華の三人は、抵抗するための気力も体力も失っていた。


『くっ!』


 詠唱を切り替え、エルフィは三人の前に魔方陣を出そうと試みるも、時、既に遅し。

 首を仰け反らせたまま凶悪な眼光で四人を睨むと、ドラゴンは今までにない広範囲を焼き払わんとするブレスを放っていた。

 迫りくる多角的業火。それは自身の今の力で防ぎきる事は不可能だと、エルフィも悟る。


 絶望的な炎。それを目にした瞬間、四人の背中に死神の手が触れた気がした。


 そして。

 その炎が、四人がそこで見た最後の光景となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る