あの子と美女とぽっちゃり系
「ただいま戻りました!」
あけぼの交番の入口を元気よく開けて、体操の着地よろしく両足を揃えてピョンと飛び込んで来たのは、言うまでもなく大場くるみ巡査だった。
「お帰り。栄田警視は本庁に戻られたのかい?」
真島巡査部長の言葉に、大場巡査は「じゃないかな」と歯切れの悪い返事をした。
「大場巡査、栄田警視を呼び出してまで、何を見てもらいたかったんだ?」
俺の言葉に、大場巡査は「あ〜・・」と言葉を探す様に視線を泳がせた。
「ちょっと、タレットを設置できる場所がないかなぁって・・」
タレットを設置⁉︎
真島巡査部長が不安げな表情で俺を見た。
「タレットってなんだろう?」
心配性の真島巡査部長に、どう説明すべきか一瞬言葉に詰まった俺を後目に、大場巡査が説明をしはじめた。
「壁とか床面に設置して、センサーで敵を感知して自動で銃撃してくれる便利アイテムだよ」
「じ・・銃撃⁉︎」
大場巡査の説明に目眩を感じたらしい真島巡査部長が僅かによろめいた。
「あれ?まっしー、どした?大丈夫?」
大場巡査がよろめいた真島巡査部長の側に飛んで来て、心配気に顔を覗き込んでいる。俺はお前のせいだろうが!と言いたいのをグッと堪えて、冷静に対処する事を肝に銘じつつ話し掛けた。
「大場巡査、そんなモノは設置出来ない事は重々承知で栄田警視を呼んだのか?」
大場巡査を指導する立場である俺は、半ば呆れ返ったといった感じだった。
「まあまあ、別に良いじゃん。うっしーもそりゃ無理だって言ってたんだしさ」
大場巡査のどうでも良さそうな口調に、俺の理性が遠い彼方へすっ飛んで行った。
「当たり前だ!」
「そんな大きな声で怒鳴らなくたって聞こえてるって。そんな短気じゃゆんゆんに嫌われるよ?」
何故ここで由香里さんを出す。
「大体・・」
俺が大場巡査に説教をしようとしたその時。思わぬ人物があけぼの交番の入口から顔を覗かせた。
「お取り込み中すみません」
そう言って入ってきたのは、往診鞄の代わりに紙バッグを手に持った上平病院の院長である上平文昭先生だった。
「あ」と言って大場巡査がコソコソと真島巡査部長の後ろに、まるで隠れる様に回り込んだ。
「上平先生、何かありましたか?」
心なしか元気の無い声の真島巡査部長に、上平先生が反応した。
「真島さん、体調が悪いのではないですか?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと心労で・・」
「それはいけません。ちゃんと睡眠は取っていますか?」
「ありがとうございます。本当に大丈夫です。それより、何かお困り事ですか?」
「あ、いえ、こちらに大場くるみ巡査がおられると思うのですが」
上平先生の言葉に、真島巡査部長が後ろを振り向くと、大場巡査が休憩室の扉を開けようとしているところだった。
「大場君?上平先生が君にご用事だそうだよ?」
大場巡査は観念した様にパッと振り向くと、大袈裟な位の笑顔を作った。
「これは奇遇な!丁度ドクターワデルに会いに行こうかなって思ってたとこでした」
そう言いながら、上平先生の肩を押しながら交番から出て行こうとした。
「わでらです。あの先程の・・」
「まあまあ、良いから良いから。ドクターの病院に行こ」
大場巡査のあまりにあからさまな態度に、俺と真島巡査部長が不審に思うには十分だった。
「わざわざこちらに出向いて下さったのだ。追い返すような態度は感心しないぞ」
俺がそう言うと、大場巡査は余計な事をと言わんばかりの表情を見せた。
「すぐ済みますから。これをお願い出来ますか?」
上平先生はそう言って、紙バッグを大場巡査に手渡した。
「ん?何これ」
「先程頂いたプレゼントのお礼です。大切にしますとお伝え下さい。女の子の好きな物がよく分からなくて、ハンカチとお菓子で申し訳ないのですが」
上平先生は本当に申し訳無さそうにそう言って交番を後にした。
「大場巡査、上平先生の件について説明する事が有るはずだが」
「説明するも何も、お、女の子に頼まれた物を届けただけですぅ」
「大場の態度が、あからさまにおかしいから聞いている。大体、栄田警視にタレットの・・」
あぁ、そういう事か。
「な・・なんだよぉ。そんな話してる途中で急に府に落ちたみたいな顔しないでよぉ」
「それで上平先生なんだな?」
話について行けずにキョトンとしている真島巡査部長には悪いが、これはこのまま収めた方が良いだろう。
「言っておくが、上平病院はあけぼの交番の管轄外なんだから、要請が無い限りあの辺りは警らの必要は無いぞ」
俺がそう言うと、大場巡査はサッと敬礼して「承知したでありまする」と言った。
「ありまするじゃない。改めて警らすべき地域の範囲を教えておく。ついて来い」
「うわぁ、まっしー、助けてよぉ〜」
「そう言わずに、加賀巡査長は君の指導を担当してくれているのだから、何事も相談して助言をいただくようにね」
真島巡査部長にもクールダウンの時間は必要だろう。その為にも大場巡査を連れ出すのは得策であるはずだ。
「もう、加賀っちは我儘過ぎでしょ」
文句を言いつつ俺に続いてあけぼの交番を後にした。
「それで、実際のところは栄田警視の案件だったわけだな?」
俺の言葉に大場巡査が口を尖らせた。
「そう云うところは鋭いよね。うっしーは今日、有休なんだって。あの子面白いよね。あんな美人なのに、全然気取ったところが無くてある意味無邪気だなって」
あの切れ者のクールビューティーを『あの子』呼びするのは大場巡査くらいだろう。
「何にしろ、上平先生に迷惑を掛ける様な事は止めておけ。例え栄田警視の指示だったとしても・・」
ふと振り向くと、大場巡査の姿が・・無い。
「大場!」
全くあいつは!俺との警らの途中で、何処へフラフラと飛んで行ったんだ?
大場巡査を探して引き返した時だった。
角地の空き家の前に、腕組みをして大場巡査を睨みつけている栄田警視が。
「栄田警視?」
「あっ、加賀っち!良いところに来てくれた。うっしーに説明してよ。別に私はドクターまん丸君と友達になったわけじゃ無いって」
「誰とでも友達になるのは、大場の特技だろう?」
「ぎゃっ!火に油を注ぐな!」
「上平先生から預かった紙バッグはどうした?持って出なかったのか?」
「うっかり机の上に置いて来ちゃったんですぅ!
そんで。うっしーはドクターまん丸君があけぼの交番に紙バッグ持って行って、私に渡すのを見てたらしくて、私にプレゼントしたと思い込んでるの!助けて加賀っち!」
なる程、やはりあの紙バッグは栄田警視宛てになるワケか。二人してコソコソとおかしな事をしているから、こんな訳のわからん事態になるんだ。
「栄田警視、大場を巻き込まんでください。コイツが若干の問題児だと知っているでしょう?」
「超問題児だった加賀に言われる筋合いは無いぞ」
とんだトバッチリだ。
「とりあえず大場は紙バッグを取りに戻れ。ガンダで言って来い」
俺の言葉に大場巡査は「アイアイサー」と言って、ダッシュで走って行った。
「栄田警視、貴女が有休だと云う事は聞きましたが、大場は通常勤務なんですよ?もう少し考慮して頂きたい」
俺がそう言うと、栄田警視は若干バツの悪そうな表情を見せた。
「分かっている。だがくるみにしか頼めなかったのだ。仕方なかろう」
恋は異なものと言うが、どうした経緯で栄田警視がぽっちゃり系の上平先生に惚れ込んだのか謎ではある。
栄田警視の全身から、上平先生好き好きオーラがダダ漏れなのだが、今のところ気付いているのは俺と大場だけらしい。しかも上平先生その人には、全く気付いてもらえていないと言う始末の悪さだ。
「おまた〜!」
息席切って戻って来た大場巡査が、栄田警視に紙バッグを手渡した。
「頂いたプレゼントは大切にしますってさ」
「そ、そうか。思い違いをして悪かった」
「持って出るの忘れた私が悪かったんだし、気にしてないよ」
ニコニコ顔でそう言う大場巡査に、栄田警視が照れた様に片頬だけで笑みを浮かべた。
「ハンカチとお菓子だって。ねぇ、開けて見せてよ」
大場巡査の言葉に、栄田警視はまるで紙バッグを守るかの様に胸に抱きしめた。
「誰が見せるか!私は帰るぞ」
そう言って、栄田警視は颯爽と去って行った。
「全く、困った人だ。あれでかなりの切れ者なんだから人間とは分からないものだ」
俺が呆れ気味にそう言うと、大場巡査がウンウンと頷いている。
「大場巡査、頷いている場合じゃないぞ。職務中に、交番勤務と関係ない事に関わるのは感心しないぞ。いくら相手が自分より上の階級の人物であってもだ」
俺の説教を聞いているのかいないのか、並んで歩きながらすれ違う人達に手を振ったりしていた大場巡査が徐に話し掛けてきた。
「ドクターまん丸君は検死とかするの?」
「都心部と違って、検死官が間に合わない事が有るからな。そういう時は民間の医師に依頼する事があるんだ。この地域だと大抵上平先生にお願いしている」
「ふぅ〜ん」
「なんだ?」
「日本は解剖数も世界から見たら断然少ないっていうし、検死もそうなんだと思って」
大場なりに、いろいろ考える事はあるようだ。
「だからといって、上平病院に用も無いのに押し掛けたりするなよ」
「用が有ったら行って良いの?」
「あけぼの交番の管轄以外になんの用がある。余計な事は考えずに地域の防犯に集中しろ」
「分かってるって。加賀っちは心配性だよね」
誰のせいだ!真島さんじゃないが、俺もいつか心労で目眩でも起こしかねないんじゃないかと思えてきた。兎にも角にも、栄田警視のみならず大場巡査にも興味を持たれてしまったらしい上平先生の今後の平穏を祈らずにはいられない。
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