恋は思案のなんとかだ

「んで、どういう用事?」

 旭小学校の裏手を歩きながら私が言うと、栄田潮ことうっしーがキョロキョロと周りを見回しながら「すまん」と言った。

「くるみには口裏を合わせてもらって、申し訳ないと思っている」

「絶対、交番に戻った後で加賀っちに説教されちゃうよ」

「大丈夫。釘は刺しておいた」

そう言ううっしーを、私は疑わし気な目で見た。

「あんな『俺の道一直線』な人は、釘の一本や二本刺されたくらいじゃ、気にも掛けないと思うんだけど」

 私の言葉に「ああ」と生返事をしながら、うっしーがテレビドラマに出てくる尾行中の刑事みたいに、電柱の陰に隠れ周囲を警戒している。

「うっしー、さっきから何してんの?挙動不審過ぎて超絶目立ってんだけど」

さすがの私もドン引きする程の不審者ぶりだ。

「しっ!索敵するのは基本だろう」

 索敵ですと⁉︎それは捨て置けぬ。

「悪の組織ですか?ゾンビですか?それともセキュリティサービスの特殊部隊ですか?」

 ちょっと興奮気味になっちゃった私に、うっしーが静かにと言わんばかりに、口に人差し指を当てた。

「行くぞ!」

ちょ!そっち方面は、うちの交番の管轄外なんすけど。

「マズくない?意外と警察って組織は、縄張り意識が強いんだからさ」

「くるみらしくもない事を言うな。管轄がなんだ。私には関係ない」

まあ、貴女はそうでしょうよ。

「だいたい、警視って階級は暇なの?一人でこっち来るってどんな事件よ」

私の言葉にうっしーが真剣な表情を向けた。

「今日は有給休暇で来ているから、なんの心配も要らない」

は?有給休暇?

「有給休暇の消化に煩いんだ。一応、公務員だからな」

「うっしーは有給休暇でも、私は普通に勤務なんですが?何に付き合わされているのか、明確な説明を求む」

 私がそう言っても、うっしーは上の空でステルス移動を続けている。

「誰かの暗殺でも請け負って来たんじゃね?私、付いてって大丈夫?」

「あっ!中に入った!」

 誰が何処に?もう!何気にうっしーの背中でなんも見えん。

「くるみ。ここからはお前の任務だ」

「えっ、私、暗殺系は苦手だけど」

「何を言っている。いいから、これを持て」

そう言って私に手渡したのは、金色のリボンで結ばれたキラキラの花の模様のピンクのギフトバッグだった。

「何これ?C4爆弾でも仕込んでるの?」

私の言葉に、うっしーが渋い顔をした。

「つまらん事を言ってないで、これを持って彼処に行け」

 そう言って指差したのは『上平病院』という看板が掲げられた5階建のビルだった。

「うえ、たいら?」

「これをな、院長に渡せ。誰からとは言うな。絶対にだ。分かったら行け」

 私は、心なしか強張った表情のうっしーと、手渡されたピンクのギフトバッグを交互に見比べて、何やらヤバイ事に巻き込まれているのではないかと若干不安に駆られた。

「毒蛇仕込んだ鈴とかじゃないよね?」

「何故暗具に拘る。危険物じゃないから安心して持って行って必ず渡せ」

 怪しいなぁ。マジで大丈夫かなぁ・・。

うっしーに急かされて、渋々病院に向かった。


「こんにちは。失礼します」

正面の自動ドアから中に入ると、受付のおねえさんが顔を上げて私を見た。

「あれ?かっこちゃんの娘さんじゃない?」

「くるみさん?どうされました?」

ニコニコ顔のその人は、村上勝子さんの娘さんの雪子さんだった。

「かっこちゃんから受付してるって聞いてたけど、ここの病院だったんだ」

「母がいつもお世話になってます。毎日交番に入り浸ってご迷惑じゃないですか?」

申し訳なさそうに雪子さんが言うので、私は手をブンブン振って見せた。

「全然。地域住民の為の交番ですから」

私がそう言うと、雪子さんがホッとした様に微笑んだ。

「えっと、ちょっと院長先生に用事があって」

私の言葉に、雪子さんが少し緊張した様な表情になった。

「何か事件ですか?検死の要請ですよね?」

ん?けんし?

「いや、違うんです。そんな重い案件じゃなくて、まあ、ある意味軽くも無いんですけど」

雪子さんは、ちょっと不思議そうな表情を見せたが、すぐに笑顔になると椅子から立ち上がった。

「丁度往診から戻って来られた処ですので、すぐお呼びしますね」

そう言って奥に入って行くと、院長先生を伴って受付のロビーに来てくれた。

 そこに現れたのは、年の頃なら30歳半ばくらいの小太りでまん丸顔の人の良さそうな男の人だった。

「はじめまして。上平です。何かご用事だとか」

「え?わで、る?」

私の言葉にまん丸君がちょっと困った顔をした。

「いえ、わでら、です。上に平でわでらと読みます」

「はあ、とりあえずドクターって呼びますね。私はあけぼの交番の大場くるみ巡査であります。はじめましてのよろしくです」

私の挨拶にドクターまん丸君がニコニコ顔になる。

「どういったご用件ですか?」

「えっと、これを手渡すように頼まれまして」

金色のリボン付きのピンクのギフトバッグをドクターまん丸君の前に差し出した。

「これは・・、どなたから?」

ちょっと困惑気味のドクターまん丸君を安心させねば!

「怪しいモノじゃないですから、毒とかC4とかじゃないのだけは確かですから!」

微妙な表情になったドクターまん丸君に「多分」とだけ付け加えた。

「失礼かもしれませんが、警官てあるあなたの前で中身を確認しても構いませんか?」

 ドクターまん丸君の願ったり叶ったりの申し出に私は全力で「是非!」と言った。

だってさ、やっぱ中身が気になるじゃん。

私の言葉に、意を決した様にリボンを解きギフトバッグの中から取り出した物は・・・。

 おそらく羊毛フェルトて作られたであろう得体の知れない物体だった。多分、私が作り方を教えた時には、ピンクの子豚を作ると言っていた様な気がするのだけど・・。

 私と受付の雪子さんとドクターまん丸君は、その物体を暫し無言で凝視していた。

なんだか、なんだかさ、気持ちというか、念を入れて一差し一差し作ったのだろうとは思うんだけど、その念の入れ方が、ほぼ・・呪い?

「こ、子供さんかしら?作ってくれたの。きっと一生懸命作ったん、で、しょうね・・」

何と言いようもなく、無理矢理出した答えのように雪子さんが言った。

「そ、そう!あの、小学生の女の子に頼まれちゃったんですよぉ!」

 苦し紛れに、雪子さんの話に乗っかる事にして私がそう言うと、ドクターまん丸君は、ニッコリと布袋様の様に微笑んだ。

「僕の為に作ってくれたのなら、大切にしなくてはいけませんね。往診鞄に付けさせてもらいます。直接お礼を言いたいのですが」

ぎゃっ!うっしーからは絶対秘密と言われているんですぅ!

「ドクター!小学生の女の子はデリケートなのですぞ!身バルしちゃったらきっと恥ずかしく泣いちゃうと思うよ!」

私の必死の言い訳に、ドクターは納得してくれたようだ。

「分かりました。ありがとうとお伝え願います」

 私はニコニコ顔のドクターまん丸君に敬礼して、そそくさとその場を後にした。


「ど、どうだった。受け取ってくれたか?」

私が戻ってくるなり、うっしーがソワソワしながらそう聞いて来た。

「うん。往診鞄に付けさせてもらうって」

うっしーの頬が心なしかピンク色に染まった気がする。

「往診鞄だと?芸の無いやつめ」

あのぉ、憎まれ口きいてますが、口元ニヤけてますよ?

「次はもっと大きいヤツを作って押し付けてやる」

え〜っ・・。益々呪いの品になりそうな悪寒がするのですが。

 しかし、女の私から見てもクールビューティーと呼ばれるに相応しい美貌の持ち主なのに、なんでドクターまん丸君にロックオンしちゃったんだろう?まあ、恋は盲目。恋は思案のなんとかって言うしね。

 とりあえず生暖かく見守らせてもらうといたしましょう。

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