彼女はアンタッチャブル

「加賀っちって、外人部隊出身ってマジ?」

 あけぼの交番に入ってくるなり、大場くるみ巡査が開口一番そう言った。

 僕と加賀巡査長は椅子に座ったまま、ほぼ同時に大場巡査に視線を向た。

「ムッチーが加賀っちはスナイパーだったから、ゾンビが何百人押し寄せてもあっという間に制圧してくれるよって言ってた」

村上さん・・。またそんな無茶な話しを・・。

「大場君、村上さんは勘違いされているんだよ。加賀巡査長は、警察学校を出てからずっと警視庁勤務だよ」

「警察学校に入る前の話しじゃないの?」

大場君がそう言うと、加賀君が静かな口調で言った。

「俺をいくつだと思ってるんだ?大学を出て警察学校に入ると云う、ありふれたルートを歩んで来たつもりなんだが」

「でもさ、紛争地帯では小さい子供でも銃器を持ってるじゃん」

いやいや、大場君、落ち着いて。日本は紛争地帯じゃないから。

「俺は生まれて此の方、日本から出た事は無い。なんで俺が紛争地帯で銃を担いでいた子供認定されなきゃならんのだ」

「だってさ、加賀っちって時々アサシンみたいな目つきしてるじゃん?私、命狙われてんのかなって思う時あるもん」

あ〜・・。そう言われれば・・。

「真島さん、今、心の中で大場に同調しかけたでしょう⁈」

加賀君がキッと僕を睨んでいる。

「あ、いや、そ、そんな事は、無いよ」

僕がオロオロしながらそう言うと、大場君がやっぱりねと言わんばかりに胸を張った。

「あ、あのね、大場君。外人部隊は大袈裟だけど、警視庁内の特殊急襲部隊にいたのは事実だよ」

「マジでか。ヘリコプターからライフルブッパしたり、車を爆破したりするあの例のヤツ」

「・・それは昔のテレビドラマじゃないかな」

僕が苦笑混じりにそう言うと、大場君はキョトンとした表情で僕を見た。

「そうなん?でもライフルは持って歩いてたんだ」

「いくら警察官でも、ライフルなんか持って歩けるか!」

 もう我慢ならんという感じで、加賀君が椅子から立ち上がり大場君を指差した。

「くだらん事を言う暇があったら仕事しろ!」

まるで頭から湯気を噴き出しそうな勢いで、加賀君が大場君に厳しい口調でそう言った。

「まあまあ、落ち着きなよ。ゾン対本部としては、重要な話しをしてるんだからさ」

 こんなに怒っている加賀君は僕でも怖いのに、大場君はまるで気にしていない。それどころか若干楽しそうにすら見えるのは、僕の気のせいなんだろうか。

「取り敢えず、ライフルを扱える人が居るのは心強いよね」

大場君が僕の方を振り向いてニコニコ顔でそう言った。いつも思う事だけれど、僕を巻き込まないで欲しいです。

「MP5FとかMP5Kを保管するロッカー欲しくない?あとさ、ハナマルさんも1丁くらいは所持して良いよね」

はい?

「いざと言う時にすぐ加賀っちが出動出来る様に、銃火器はゾン対本部に備え付けとくべきだと思うわけよ」

 加賀君が机に両手をつき首を垂れて、はぁ・・と大きくため息をついた。

「大場巡査。怒って悪かった。だからその話はもう辞めよう。頼むから通常勤務に就いてくれ」

 加賀君の力の無い声に、こんなに精神的ダメージを受けた姿を見たのは初めて見たと僕は思った。

 しかし、それで手を緩める大場君ではなかったのだった。

「この上無い通常勤務だよ。ゾン対本部としての最重要事項じゃん。ねぇ」

お、大場君。だから、僕を、巻き込まないで。

「一つ忠告させてもらえれば、柴田署長はあけぼの交番に、銃火器保管用のロッカーなんぞ手配してはくれないからな」

加賀君の言葉に大場君が目を丸くした。

「鉄男がダメだって言うの?なんでよ?ゾンビが発生したら真っ先にゾンビの群れに突っ込まなきゃならないのに。加賀っち死んじゃうよ?」

 大場君は本気で加賀君を、ゾンビの群れに突入させる気なんだ・・。

「仮定の事案の為の銃器や専用ロッカーの申請をしても、速攻却下されるだけだ。第一、そんな費用も無いだろう」

「ますます分かんないなぁ。その位の費用は警視庁で計上してくれるんじゃないの?」

大場巡査が疑わしそうな顔つきで加賀君に問い掛けた。

「空想の産物のゾンビ制圧の為に、警察が費用を捻出する訳ないだろうが」

「やれやれ、まだそんな事言ってるの?出来ない理由を数え上げる事ほど不毛な話しはないよ?」

 ああぁ〜っっ!そういう火に油を注ぐような事は言っちゃダメだよ!

「と、とりあえず今は止めよう?ね?この話はまた今度。地域住民の理解も得ないまま、銃火器を交番に備えるなんて問題が有るだろうから」

 慌てて話しに割り込んだ僕に、大場君が視線を向けた。神様!なんとか穏便に事を治めさせて下さい!

「しょうがないなぁ。住民説明会いつにする?」

神様!ありがとうございます!

「それは、僕が自治会長の桜田さんと話して、然るべき時期に然るべき場所で。それで良いかい?」

「本部長のまっしーと副本部長のさくやんで話してくれるの?おK。よろぴく」

??よろぴく??

「お、おう。任せて」

僕がそう言うと、大場君は上機嫌で休憩室のロッカーに私物を入れに行った。

「この不毛な会話の為に、数十分を費やすのは如何なものでしょうか?真島本部長殿?」

わぁ、加賀君が怒り心頭だ。

「長い目で見てあげよう?ゾンビの話さえしなければ、とても有能な警察官だと僕は思っているんだ。近隣住民同士のちょっとしたトラブルを収める手腕はたいしたものだよ?僕はいつも感心しているんだ」

「真島さんは、人が良すぎる。俺としては、真島さんが胃潰瘍にでもなりはしないかと心配ですよ」

「それは私も心配してるよ」

 突然、後ろから声を掛けられ、わぁ!と言って飛び上がってしまった。

「大場!真島さんを驚かせるな」

「別に驚かせるつもりは無かったんだけど。ゴメンね?まっしー」

「だ、大丈夫。ちょっとビックリしただけだから」

まだ動悸は治らないが、なんとか笑顔で返す事が出来た。

「まっしーは超絶優しいからさ、加賀っちに圧力掛けられてほんと気の毒」

ん?加賀君から圧力??

「待て。どういう意味だ?」

加賀君が驚いた様子で大場君を問いただした。

「だってさ、まっしーと私がゾン対について真剣に話し合ってると、いつも邪魔するじゃん。案外、悪の組織のスパイなんじゃね?」

僕は目の前がクラクラしてきた。

「誰が悪の組織のスパイだ。そのふざけた発想は何処からくるんだ!」

加賀君が完全にキレてしまっている。

「スパイじゃないなら、まっしーがゾン対本部長に就任したのが不満なの?それとも、副本部長の

座をさくやんに取られた事?」

「大場君!加賀君はそういう地位とか出世とかには全く興味は無い人なんだ。だから、そんな心配は見当違いだよ」

 僕は加賀君が大場君を怒鳴りつける前に、急いで2人の間に割って入った。

「そうなん?じゃなんでいつもゾン対の活動の邪魔するの?まっしーがどれだけ真剣にゾン対に取り組んでるか分かんないかなぁ」

 僕は、今、まさに、貧血で倒れそうです。

「はっきりと言っておくが、俺と真島さんは大場の趣味に付き合うつもりは一切無い!」

加賀君の剣幕を前に、大場君がキョトンとしている。

「私の趣味って、いつまっしーと加賀っちに話したっけ?」

 大場君の言葉に、僕と加賀君は完全に虚を突かれた感じになった。

「加賀っちは時々、わたしの趣味に興味は無いって言うけどさ、私の趣味なんて知らないじゃん」

 大場君には僕と加賀君の頭の上のクエスチョンマークは見えないようだ。

「ゾンビ話は大場の趣味じゃ無いって言うのか?」

加賀君がそう言うと、大場君が呆れた様な表情で腕を組んだ。

「ゾンビ対策は最重要事項で私達が取り組むべき職務じゃん!言ってみれば地域住民保護の最たる仕事なのに、なんでそんな寝惚けた事言うかなぁ」

「えっと、参考までに大場君の趣味を教えてもらっても構わないかい?」

 ゾンビの話しがゲームの延長線上の趣味で無いというのは驚きだが、それよりも大場君の趣味の話しで話題が逸れないかと僕は一縷の望みで聞いてみた。

「・・手芸」

一息おいて大場君がボソッと呟いた。

「手芸⁉︎」

僕と加賀君は同時にそう聞き返していた。

「なんだよぉ、私が服作ったりフェルト人形作ったりしちゃ可笑しいのかよぉ」

 いつもにも増して口調が悪いのは、大場君が照れているからなのだろう。

「もう!これ言うとみんなビックリするからイヤなんだよぉ。私と手芸ってそんなにミスマッチかなぁ?」

「いや、ちょっと、意外だっただけだ」

 加賀君が少し慰める様な口調で言った。

取り敢えず、ゾンビの話しから逸れた所で、大場君を通常勤務に就かせなくてはならないという責務が僕には有る。

 僕が大場君に業務の指示をしようとしたその時。

「くるみ、来たぞ」

そう言って、あけぼの交番に入って来たのは栄田潮警視だった。

「栄田警視?え?どうされました?」

 栄田警視の登場に、加賀君が呆気にとられている。僕も仰天してはいるものの、恐る恐る警視に問いかけた。

「くるみが、ゾン対について見てもらいたい箇所があると言うのでな。視察に来た」

 クールビューティーと称される美貌の女性警視の口からゾン対という言葉が出た事に、僕は心底肝を冷やした。

「も、申し訳ありません!」

 僕が90°に腰を曲げて警視に謝罪すると、大場君がクスクス笑いながら栄田警視の側に寄ってきた。

「まっしーったら、そんな畏まらなくて良いよ。ね。うっしー」

うっしー⁉︎栄田警視をうっしー呼びしているのか⁉︎なんで事だ!僕の目の前が白く霞んできた。

「あけぼの交番は楽しそうで良いな。今日はニャンコはどうした。三味線にでもしたか」

栄田警視の言葉に大場君が笑い出す。

「うっしー、意外とブラックだねぇ」

 大場君は知らないだろうが、ミュウをあけぼの交番の名誉ハコ長に推してくれたのは、他ならぬこの栄田警視だったのだよ。ミュウにデレデレな姿を見たら、大場君はなんと言うのだろうか。

「ミュウが帰って来たら、警視の言葉をそのまま伝えておきますよ」

 加賀君の言葉に、栄田警視がチラリと冷たい視線を向けた。

「冗談じゃないか。嫌味なヤツだ」

「加賀っちはいつもこんなだから気にしないで良いよ。それより、見てもらいたい場所があるから一緒に来て」

大場君はそう言うと、止める間も無く交番から飛び出して行った。

 大場君の後を追う様に、交番を出ようとしていた栄田警視が不意に振り返った。

「君達、私とくるみの後を付けようなどとは夢夢考えるな。この事に関してはアンタッチャブルだ。分かるな」

そう言い置いて交番を後にした。

 僕と加賀君は、2人してただ呆気にとられていたのだが、やがて加賀君が口を開いた。

「俺には大場が魔物に思えて来た・・」

「あの切れ者の栄田警視の事だから、大場君に洗脳されたワケではないと思うが、大場君の後ろ盾についたという事だけは確かな様だね・・」

 栄田警視の言葉ではないが、大場君がますますアンタッチャブルな存在になってしまったという事に、僕と加賀君は微かな戦慄を覚えたのだった。





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