あの子とゾンビと恋バナと
「加賀っちはさぁ、クールでカッコイイ俺様でなきゃ死ぬ病気なん?」
本来なら休憩時間中である大場が、交番の受け付け前の長椅子に村上勝子さんと西崎富子さんの二人と並んで座り、スマホを弄りながら突然突拍子もない事を言い出した。
隣に座っている勝子さんと富子さんがパッと目を輝かせた。
「何を言ってる。だいたい大場は、俺の事をクールでカッコイイとでも思ってるのか?」
「え?まさか!全然」
なら何故聞く。
「別に俺はクールでもカッコ良くもないだろう」
「まるっと同意」
大場がそう言うと、勝子さんが顔の前で手をブンブンと振った。
「カッコ良いわよ。美男子だし、背は高いし、運動も出来るでしょ。娘が独身だったらお婿さんになって欲しかったわ」
大場が『うえっ!』と言わんばかりの表情で勝子さんを見る。
「かっこちゃん、そんな気配りは無用だから」
「さっきから何なんだ?」
「ゆんゆんが、加賀っちの事をさぁ、古代日本語で延々語ってたから。どゆこと?って思ったわけ」
古代日本語?丁寧語の事か?大場の言葉遣いからすれば、大抵は古代日本語扱いという事になりそうだが。
「あら!由香里さんがくるみちゃんに恋バナしたの?」
俺は富子さんが恋バナという言葉を知っていた事に心ならずも驚いた。
「この間、ゆんゆんちに遊びに行ったんだけど、その時にゆんゆんと加賀っちが知り合った経緯を聞いたんだ」
大場が由香里さんの自宅まで侵攻している事に愕然としている俺を後目に、勝子さんと富子さんが二人揃って「まあ!」と言った。
「なんでも、ゆんゆんがチンピラに絡まれた時に、加賀っちが『やめたまえ』っつって助けてくれたらしいよ」
なんだって⁈
「まあ、素敵!恋の始まりには最高のシチュエーションね!」
勝子さんが夢見るような表情でそう言った。
「まてまて!俺がなんと言ったって⁈」
大場がニタリと笑った。
「やめたまえ」
勝子さんと富子さんが二人揃ってキャーッと言って楽しそうに笑っている。
「大場、よく考えろ。俺が『やめたまえ』なんてクソださい言葉を使うわけないだろうが」
「私の叔母さんにこの話をしたら『どこの岩清水弘だ』て言って呆れてた」
叔母さんにまで話たのか。それより岩清水弘って誰だ。
「正直に言え。本当に俺がやめたまえと言ったと由香里さんから聞いたのか?」
「ん〜、みたいな感じ?」
目眩がしてきた。
「由香里さんの話を曲解するな。だいたい、由香里さんと揉めてたのはチンピラじゃなくて、彼女の幼い頃からの知り合いだ」
「まあ、由香里さんでも人と揉める事があるのね」
富子さんの言葉に勝子さんが心配そうな表情で「怖かったでしょうね」と呟いた。
「私はさぁ、そんな都合よく美女が絡まれる場面に遭遇するのかって考えたわけ」
大場の悪意ある発言に富子さんが反応する。
「あら、加賀さんが仕組んだって事?」
そんなベタなドラマみたいな事があるか。
「大場、妙な事を言うな。本当に偶然だったんだ。揉めていたと云うのも相手が車で送ると言うのを、由香里さんが断っていたというだけのたわいも無い話だったんだ」
「由香里さんのお家には運転手さんが居るものね」
勝子さんの言葉に、大場がうんと大きく頷いた。
「ゆんゆんちに行ってビックリしちゃった。セブンのビーカー邸みたいな洋館で、めっちゃ広くて迷子になるかと思っちゃった」
セブンのビーカー邸ってどこの屋敷だ。
「お前、由香里さんに迷惑かけているんじゃないだろうな」
「あっ!今、お前っつった。お前呼びが良いならくるみ呼びでも良くない?今度からくるみって呼んでよね」
「近頃の若い人は『お前』呼びは禁句なのね」
富子さんがしみじみと呟いた。
「私はオイコラでも別に気にはしないけど、出来れば名前で呼んで欲しいだけ」
こうやって大場のペースに巻き込まれていくのだと肝に銘じよう。
「俺は『大場巡査』をオイコラ呼びした事はないと思うんだが」
俺がそう話していた時、交番のドアが開いて警らに出ていた真島巡査部長がミュウを抱いて戻って来た。
「やあ、なんだか楽しそうだね。勝子さん、富子さん、こんにちは。今日は良い天気ですね」
ニコニコ顔の真島さんに抱かれてミュウが満足そうな顔をしている。
「こんにちは、真島さん。尾曲さん、町内の見回りご苦労さまです」
勝子さんも富子さんもニコニコ顔だ。
「ハコ長さんに猫用ミルクを持って来たんだけど、飲んでくれるかしら」
「喜んで飲むと思いますよ。ハコ長の水入れを持って来ましょう」
そう言って真島さんはミュウを降すと、休憩室に入っていった。
「そもそもの話しだが、俺と由香里さんには恋愛感情は一切無い。おかしな話を振り撒いて由香里さんに迷惑をかけるな」
俺がそう言うと、大場が大きな目を丸くして「ふう〜ん」と言った。
「だけど、くるみちゃんはどうして由香里さんと恋バナをする事になったの?」
・・勝子さん、俺の話しを聞いてましたか?
「え!大場君が恋バナ⁉︎」
真島さんが休憩室の扉を開けた状態で固まっている。
「ちょっ、何その失礼なリアクション。私と恋バナじゃエモいって?」
真島さんが挙動不審なのは、おそらくエモいが分からないからだ。
「ゆんゆんちに遊びに行った時に、私の友達の恋愛相談をしたんだ。その子、好きな人の前に出るとモジモジしちゃって、思っている事の100分の1も話せないんだって」
相変わらずスマホを弄りながら、よくそんな話しが出来るな。
「分かるわ!きっと初恋ね!好きな人の前では素直になれないのよ」
勝子さんが乙女の様にウットリとした表情をしている。
「私達くらい年を取れば、大抵の事は言える様になるんだけど」
と笑いながら富子さんが言う。
「なんかね、その人の目を見ると動機息切れ目眩がしちゃうんだって。だから私、薬飲めば?って言ったら怒られちゃった」
「くるみちゃんったら。本当に面白い子ね」
勝子さんと富子さんは冗談だと思って笑っているが、俺は本気でそう言ったんだと確信している。
「大場君もやっぱり女の子だね。恋の話をする友達が居て僕も安心したよ」
真島さんの言葉に大場君がスマホから顔を上げた。
「ん?どゆこと?」
女性に対して失礼な事を言ってしまったと、真島さんがしどろもどろになる。
「あっ、いや、その、大場君は、普段ゾンビとか武器の話ししか、しないから・・」
「だよね。私も、何で私に恋愛相談するのか分かんないもん。だからゆんゆんに丸投げしようと思ったら、なんか古代日本語で加賀っちの話をはじめたから、こりゃダメだと思ったの」
どこまでも失礼な奴だ。
「じゃあくるみちゃんは、恋愛には全然興味がないの?好きな人の話しとか誰ともした事無い?」
勝子さんの言葉に「ん〜」と考えて口を開いた。
「叔母さんがリメイクゲームの死神隊長の嫁になりたいって言ってた話しくらいかな」
俺を含めたその場にいる全員が『は?』となった。
「死神隊長がさ、梯子をリズミカルに昇る時に腰のポーチが揺れるのがセクシーなんだって」
??揺れるポーチがセクシー???
「だから、叔母さんは死神隊長が好きなんじゃなくてポーチが好きなんだと思ってる。私はそれより、初期の両手を前に突き出して、オオォって言いながら襲ってくるゾンビも良いけど、リメイク版の頭グラグラなゾンビも可愛くて好きかな」
富子さんと勝子さんが、ミルクを飲むミュウを撫でながら、「ゾンビって、どんな種類がいるの?」と聞くと、水を得た魚の様にスマホの画面を示しながらウキウキと説明をし始めた。
ゾンビを語る時の大場のキラキラ輝く瞳を見るに、こいつはゾンビに関しては心底本気なんだなと改めて感じた。
それは、真島さんも同様らしくぼんやりとした表情で大場を見ている。
「ねぇねぇ、まっしー、まっしーとちかちゃんの馴れ初め教えてよ」
大場の突然の振りに、真島さんが我にかえって狼狽している。
「え?僕?だって大場君は、僕と千賀子さんの馴れ初めなんて興味ないでしょう?」
「うん、ぶっちゃけどうでも良いんだけど、かっこちゃん達が聞きたいって」
相変わらず大場の失礼な物言いは果てし無い。
取り敢えず、話しが俺から逸れた事を良しとしよう。
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