彼女はインフルエンサー

「FBI捜査官がドアをバインって蹴るとビョカンって開くわけよ。一軒家だろうがビルだろうが、もれなく開くんだよ?おかしくない?」

 ある日の昼下がり、あけぼの交番に集まったいつものメンバーを前に、大場くるみ君が真剣に訴えている。どうやらアメリカのTVドラマの演出が納得いかない様だ。

「どんなドアも?鍵をかけてても?」

北原さんの言葉に大場君が大きく頷いた。

「そう!だってさ、海外のドアなんて、鍵を二つも三つもつけてるんだよ?鍵の強度とか建築基準とかどうなってんだよっていつも思うわけ」

「そりゃあ、あれだ。欠陥住宅だ」

田島さんがそう言うと、村上さんがいやいやと手を振った。

「アメリカ人は肉をモリモリ食うから力が有り余ってるんじゃないか?」

「アメリカではドアが内側に開くようになってるからだろう」

 加賀君としては、話を打ち切らせるつもりで言葉を挟んだのだろう。

「マジで?じゃあ、日本で鍵を掛けたドアを内側からバインって蹴ったら外側にビョカンって開くの?」

大場君が、疑わしそうな目で加賀君を見る。

「・・開かないだろうな」

若干、困ったなと言う表情を浮かべて加賀君が答える。

「だよね。て事は、モー君の脚力が超人的ってことか」

大場君が自分に言い聞かせるように小さな声で呟いた。

「FBIなら軍隊並みに鍛えてるんじゃない?」

「に、してもだ。話を聞いただけじゃ俄かに信じられないなぁ。今度、レンタル屋さんから借りて来て、みんなで観賞会をやるかい?」

村上さんご夫妻の会話に、僕は驚いてしまった。

いやいや、高齢者の観賞会として、それはどうかと思います。

「みなさん、アメリカのドラマは日本のドラマと違って表現がリアルですから、観賞会には合わないと思いますよ」

僕がそう言うと、大場君が大きな目を丸くして「何言ってんの?」と言った。

「この間、オープンワールドのアドベンチャーゲームを、佐野のてっちゃんちに集まってみんなで遊んだけど、結構なエグい戦闘シーンも全然平気だったよ?」

えっ?佐野のてっちゃん?もしかして佐野さんの息子さんで、10年引き篭り状態の輝明君の事か⁉︎

「いやぁ、あれは楽しかったなぁ。捕まえて来た踊り子さんの衣装が奇抜でなぁ」

田島さんが思い出し笑いをしながらそう言った。

「あれは盛り上がったな」

村上さんも心なしかニヤニヤしている。

「やあねぇ。女の人の衣装だけじゃないじゃない。男の人の衣装だって、殆ど裸みたいなのあったでしょ」

村上さんの奥さんの勝子さんが言葉をはさむ。

「いや、何にしろ面白かったよ。観賞会はてっちゃんちに集合で良いかい?」

北原さんも大変乗り気だ。

「てっちゃんには私から連絡しとくね。ゲーム機で配信のドラマ見れるから、みんなは自分が食べる分のお菓子とか持って来るだけで良いよ」

「レンタル屋さんで借りなくて良いのかい?そりゃ便利だね」

「日にち決まったらSNSに一斉送信するから、ちゃんと読んでよね」

SNSまで登録済みなのか。一体、どうやって登録させたのだろうか。

「了解!」

声を揃えて返事をすると、口々に楽しみだねと言いながら、交番を後にした。


「大場君は、どうやって佐野さんの息子さんと仲良くなったんだい?」

 僕は驚きを隠せずに、大場君に尋ねてみた。

「加賀っちとお宅訪問した時に、佐野ママからてっちゃんが引きこもってゲームばかりしてるって聞いたから、何をプレイしてんのかなって思って」

「それで訪ねて行ったの?でも、輝明君は誰とも会いたがらないだろう?」

「まあね。だから最初は扉越しにゲームのオンラインで話ししながら一緒にプレイしてさ。一週間位したら部屋に入れてくれたよ」

僕と加賀君は、互いの顔を見合わせた。

「大場君、君はもしかして毎日佐野さんのお宅に行ってたのかい?」

僕の言葉に大場君が少し口を尖らせた。

「勤務中にゲームしに行ってたわけじゃないんだから別に良いじゃん」

「いや、非難しているんじゃないんだ。輝明君は元気にしているのかい?」

「めちゃ元気。佐野ママのご飯が美味しいからさ。スナック菓子はおやつ程度にして、3食きちんと食べる様になったから、お肌なんかツヤツヤしてるよ」

「生活改善までさせたのか」

加賀君が感心した様に呟いた。

「勘違いしないで。私が何か働き掛けた訳じゃないよ。てっちゃんが自分で自発的に行動してるんだから」

「それでも驚くよ。僕だって佐野さんの息子さんは、ずっと以前に何度か見かけた程度で、引きこもってからは全く会えずにいたんだから」

「まあ、私もゲームのオンラインで回線通して話してるってだけだからさ。本人目の前に居るのにマイクで話しかけるってめちゃ面白い」

大場君は本当に楽しそうだ。

「それで、田島さん達はどうして佐野さんのお宅に行くようになったんだい?」

僕がそう聞くと、不意に渋い表情を見せた。

「ヤツがてっちゃんの部屋の窓からたっつー達を呼んだの」

大場君がヤツと呼ぶのはハコ長のミュウの事だ。

ミュウまで佐野さんのお宅に行ってたのか。

「天気良かったから、てっちゃんの部屋の窓を開けたらヤツが飛び込んで来たんだよ。絶対、私の事を偵察してたんだと思ったから、ヤツに説教したら私の肩にガバッて飛び乗って来て、ギャーギャー鳴きだして、下を通り掛かったたっつーとムッチーが何事だい?って訪ねて来たの」

「田島さん達をてっちゃんが部屋に入れてくれたの?」

僕は本当に驚いてしまった。

「たっつー達は嫌も応もないよ。勝手にズカズカ入って来ちゃうんだもん。年寄りの遠慮の無さは果てし無いね」

その時の事を思い出したのかクスクス笑いながら大場君が説明してくれた。

「それで、私とてっちゃんが遊んでたオンラインゲームを観てて、ムッチーが自分もやりたいって言い出したから、私のゲーム機貸してあげたの」

これには、さすがの加賀君も驚きを隠せなかった様だ。

「サバゲーだったからすぐやられちゃったけど。超絶面白いって言うんで、みんな集めてゲーム大会やろうって話になった訳」

僕と加賀君は、まるで違う世界の話を聞いている様な感覚で、大場くるみと云う人物を見つめていた。

「今度また、てっちゃんちに集まってオンラインゲーム大会やるんだけど、自宅から浩太と奈々ちんも参加してくれるから、まっしーも一緒にやらない?」

な!なんだって⁉︎

「こ・・浩太と奈々ちんって、もしかして・・」

おそらく僕は、顔面蒼白状態でアワアワ言っているに違いない。

「まっしーの子供達可愛いね」

 僕は家族を大場君に紹介した事があっただろうか?記憶に間違いが無ければ、そんな事実は無いはずなのだが。

「何?まっしーは、浩太達がオンラインゲームで遊んでるの知らないの?ちかちゃんに聞いてない?」

ちかちゃん⁉︎え?僕の奥さんの千賀子さんとも既に知り合いになってるって事???

「今流行ってる自分の島を作って遊ぶゲームで、偶然知り合ったんだ。奈々ちんの島見た?可愛いよね」

 ニコニコ顔で話す大場君を見ながら、ありとあらゆる人々を取り込んで自分のテリトリーを広げて行く、その恐るべき才能をなんと言い表すべきかボンヤリと考えていた。

「なんなら、加賀っちも参加する?」

「俺はついで扱いか」

「なんだよ、もう!拗ねんなよ」

「誰が拗ねるか。大体、先輩に対する口の利き方じゃないぞ」

「相変わらず堅いなぁ。ゾンビが出たら共に戦う仲間なんだからさ、もっと連帯感持ってくれないと」

「ゾンビが出たら考えるよ。それより大場巡査は成すべき勤務があるんじゃないか?」

加賀君の言葉に、大場君がアイアイサーと言って敬礼した。

「ちょっくら立番に入りまーす」

と言うと、足取りも軽やかに交番前の立番に着いた。

「あの調子だと、いつの日か真島さんが帰宅したら、大場が浩太君や奈々ちゃんと晩ご飯食べてるなんて事になりそうで、ある意味ホラーですね」

 今、自分が考えていた事を加賀君に指摘され、昔流行ったノストラダムスの大予言の様だと思った。

「しかし、俺から見ると大場くるみと云う人間は、破天荒で滅茶苦茶だと思うのに、人の懐に飛び込むのが上手いのか、誰とでも仲良くなってしまう不思議な子だ。あれでゾンビの事さえ言い出さなければ、俺も鍛え甲斐が有るんですが」

加賀君の言葉を聞きながら、僕は一つの言葉を思い出そうとしていた。

「大場君の周りを巻き込んでいく感じを何て言ったかなぁ」

僕の呟きに加賀君がはい?と云う感じで振り向いた。

「あ、そうだ!確か・・インフルエンザ!」

僕がそう言うと、加賀君が一瞬驚いて、すぐに申し訳なさそうに訂正した。

「真島さん、それを言うならインフルエンサーです」

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