ゾンビ対策における専門家会議の件
「私さぁ、マジで反省したんだ」
休日明け、あけぼの交番のドアを開けるなり私がそう言うと、まっしーと加賀っちが驚いた様に私の顔をガン見した。
「まさか武器の説明をした位で、まっしーが白目を向いてひっくり返るなんて思わなかったからさ」
まっしーがちょっと恥ずかしそうにしている。
「本当に反省したんだな?」
加賀っちが鬼怖い視線を向けて私に念押しした。
「マジで反省した。それで考えたんだ。自分1人で判断せずに、専門家会議を招集する事を」
「はぁ⁈」
まっしーと加賀っちが見事なハーモニーをブチかましてくる。
「せ・・専門家会議って、何の?」
まっしーが恐る恐るって感じで聞いてきた。
「もちろんゾンビが発生した時の対策として。自衛の為に武器は何を使うか、弱点は何か、バリケードは何処に設置すべきか、あっ!1番大切なのは地域住民の避難場所とルートの設定ね!」
「大場・・お前は・・」
加賀っちが頭を抱えている。なんで?
「大場君、君は本当にゾンビの事を真剣に考えているんだね」
見てみなよ。まっしーはちゃんと理解してくれてるじゃん。加賀っちも、もう少し柔軟に物事捉える様にして欲しいよ。
「でも」とまっしーが言った。
「日本にゾンビの専門家っているの?」
ん?専門家会議の人選の話?
「それを今考えている処。いろいろ有識者っているけど、大して役に立ちそうな人っていなくない?どうでも良い話しをした挙句、解決策は誰も提示してくれなさそうだし」
「つまり、日本にはゾンビの専門家はいないって事か?残念だったな」
少しホッとした感じで加賀っちが言った。
「大学の先生もどうよって感じだからさ。実戦の実践をしてる人達を招集したらどうかなって」
「ん?ジッセンノジッセン??」
加賀っちが不思議そうに繰り返し、まっしーは首を傾げている。
「日々ゾンビ戦に挑んでる人達が沢山いるじゃん」
加賀っちが困惑したように「意味が解らんのだが」と言った。
「つまり動画配信で毎日ゾンビと戦ってる人が沢山いるから、その人達をゾン対の専門家会議に招集すれば完璧だって話し」
「本気か⁈」
「ガチ!ホラーゲームの実況者とか、銃器に詳しいサバゲーの実況者とかいろんな人がいるから、お昼休憩の時間にピックアップしてみるね」
「そうだね。極力休憩時間に頼むよ」
まっしーの言葉に、私は親指を立ててウインクして見せた。ん?心なしかまっしーの目が死んでるっぽいんだけど。
午前中は、いつメン達も病院巡りに忙しいので、交番内も静かなものだ。ヤツも警ら(まっしー談)に出ているし、時々地域住民から危険運転の自転車がいるとか、迷惑駐車の相談などで駆り出されるけど、まぁ、事件と言う事件はほとんど無いし平和で良い街だと思う。
ゾンビが発生するなら人口密度の高い都心部が先ずパンデミックを起こすだろうから、対策本部を設置するにはこの地域は最適だと思う。
だって、パンデミックの真っ只中じゃ、対策本部にたどり着くまでにゾンビに食べられちゃうもん。警視庁の偉い人達も、少しは考えて配置を決めてくれたんだなと感心している。
「ご機嫌よう』
そう言ってあけぼの交番内に入ってきたのは、見た事も無いような美女だった。
黒いストレートのロングヘアに、見るからに上質そうな真っ白いレースのワンピースを着たその人は、微かに薔薇の香りを漂わせている。
「こんにちは、由香里さん。久しぶりですね」
まっしーがいつにも増して優しい声で話しかけている。
「近くまで来る用事がございましたので、交番においでになる方達にお菓子をと思いまして」
「由香里さんの手作り菓子かい?みんなも喜ぶよ。いつもありがとう。今、加賀君は迷惑駐車の件で出ているんだ。戻りは何時になるかなぁ」
まっしーが、美しいその人から綺麗な箱を受け取りながらソファを勧めると、それはそれは優雅に腰を下ろした。
「うへぁ!まっしー!見た?今の!あんな優雅な座り方、オードリー・ヘプバーンのローマの休日以外で初めて見たよ!」
思わず大声を出した私に、その人はニコリと微笑むとソファから立ち上がって会釈した。
「はじめまして。小早川由香里と申します」
「私、大場くるみ。ゆんゆんって呼んで良い?」
「ええ、もちろんですわ。私はくるみさんとお呼びしてよろしくて?」
「呼び捨てで良いよ。ねぇ、ゆんゆんは加賀っちの彼女なの?」
私がそう言うと、ゆんゆんの白い肌がふわっと薔薇色に染まった。
「こらこら、いきなり不躾な事を聞くな」
苦笑しながらまっしーが私に注意した。
ニャオ
ゲッ!ヤツめ、何処から現れた⁈
ハコ長のミュウがどこからともなく現れて、ゆんゆんの足元にスリスリしている。
「ミュウちゃん、ご機嫌よう」
ゆんゆんがヤツを抱き上げると、優雅にソファに腰掛けた。
「ねぇ、ゆんゆんって何食べてるの?超絶細いけど。なんか心配だなぁ、ゾンビにすぐ捕まりそう」
「大場君」
まっしーが困った様な顔をしている。
「え?ゾンビ?」
ゆんゆんがキョトンとした表情で私を見た。何、この可愛い生き物。
「あ!時間あるなら私の昼休みに付き合ってよ。超絶おもしろ動画見せちゃる」
まっしーが、何故かオロオロした感じで私らの話に割り込んできた。
「由香里さん、時間大丈夫かい?加賀君もいつ戻るか分からないから、そろそろ迎えに来てもらったら?」
まっしーらしからぬ言動に、ちょっとびっくりしちゃったんだけど、まっしーの言葉に背中を押された様に戸惑い気味にゆんゆんがソファから立ち上がると、「くるみさん、お昼はまたの機会に。では、ご機嫌よう」と言って交番を出て行った。
ヤツはと言えば、まるでエスコートするかの様にゆんゆんに付いて出て行った。
「何?まっしー、超感じ悪いよ。追い返すみたいな事してさ。ゆんゆんちょっと寂しそうだったじゃん」
「大場君、由香里さんに君のお勧め動画はどうかと思うよ」
まっしーが困った様な顔で言うから、私の頭の上にクエスチョンマークが5個くらい出ちゃったじゃん。
「私のお勧めの何がダメなん?」
「いや、由香里さんがとても驚くと思うから・・」
なんて、まっしーがモゴモゴ言ってたら加賀っちが帰って来た。
加賀っちが交番のドアを開けると、まっしーがあからさまにホッとした表情を見せた。
「加賀君、お疲れ様。双方感情的にならずに解決したかい?」
「大丈夫です。特に揉める事もなく解決しました」
「ご苦労様。実はついさっきまで由香里さんがいらしていたんだよ。地域の皆さんへとお菓子を持って来てくれたんだ」
「由香里さん、交番に珍獣が居て驚いていたでしょう」
ゆんゆんの名前を聞いて、加賀っちの口元が微かに緩んだのを、吾輩は見逃さなかったぞ。
「ヤツはゆんゆんに撫で撫でされてご満悦だったけど、別に珍獣扱いはされてなかったような」
私がそう言うと、加賀っちが呆れ顔で私を見た。「ハコ長をヤツ呼ばわりするのはやめろ。お前より偉いんだぞ。それに、珍獣はお前だ」
はぁ?マジムカつくんですけど。
加賀っちがハハハなんて笑っている。妙に機嫌が良すぎのはゆんゆんか?ゆんゆんのおかげなのか?
「大場君、先に休憩に入ったら?午後になったらいつもの人達が集まって来るよ」
まっしーがそう言うので、お昼休憩に入る事にした。一応、専門家会議の人選は少し考えてはいるんだけど、結局は私の好きな実況者になっちゃうからなぁ。
「いつまで休憩しているつもりだ?勤務に戻れ」
加賀っちの声にハッと目が覚めた。
お弁当食べた後、昼寝しちゃってた。
「マズい。人選確定してないんだけど」
加賀っちがひょいと肩を竦めた。
「まぁ、急ぐ事はないだろう。世界中のどこにもゾンビは発生していないんだし」
もう!危機感ゼロじゃん。
私が休憩所から出て来ると、ムッチー達がもう来ていた。
「くるみちゃん、由香里さんが持って来てくれたお菓子食べたかい?美味しいよ」
みんなニコニコ顔だ。
「手作りだって。一個頂戴」
「こら、昼食を食べたばかりだろう」
「加賀さん、硬いこと言わないの。みんなで食べれば、なお美味しいわよ」
かっこちゃんが助け舟を出してくれた。
「ごっつぁんです」
手刀で心を書いてお菓子を受け取った。
「今時の子でも、ごっつぁんなんて言葉知ってるんだね」
「サッちゃんがお相撲好きだったから」
ゆんゆんの手作り焼き菓子を頬張りながら私が言うと、まっしーが「ん?」という顔をした。
「サッちゃんって?」
「私のおばあちゃん」
「大場は、おばあさんまで愛称呼びか」
加賀っちが呆れ顔で言う。
「だってサッちゃん可愛かったもん」
「それだけ仲が良かったって事よね。私もばあばじゃなくてかっこちゃんって呼ばれたいわ」
いつメン達とキャイキャイ話してて、危うく人選発表を忘れる処だった。
「ヤバっ、うっかり忘れてた。大事な発表があります」
私の言葉にみんなが注目した。
「専門家会議に招集する人選を考えてみた。まずゾン対本部長のまっしー、副部長のさくやん、専門家の座長を誰にするかで悩んでるんだけど、とりあえず、「ほぼ平常心」さんと「ゲームインアー」さん、「おおしま店長」さん、「長男次男」さん、「スチーム」さん「たけだ日本」さん、「ラボ・ウィリー」さん、「カッコイイ人」さん、「HALO」さん、あと個人的に絶対呼びたいのが「ずしょこ」さん。「よかにせ鉄砲兵」さんも来て欲しいんだけど。とりあえず第一回選択希望専門家ってとこ」
「第一回選択希望?ドラフトかい?」
たっくんがちょっと戸惑い気味にそう言った。
「専門家は私達には分からないから、くるみちゃんに任せるわよ」
デコちゃんが言った。
「第二回選択希望の時にはもう少し人選を増やしとくね」
私がそう言うと、まっしーがポカンとした表情で私といつメン達を見ている。
その反面、加賀っちは俺は関係無いといった感じで警らに行く準備をしている。
「真島さんが本部長なのは良いけど、加賀さんは何になるの?」
かっこちゃんの問いかけに加賀っちがギョッとして私を見た。
良かったね。誰も加賀っちの事忘れてないよ。
私は加賀っちに満面の笑顔で宣言した。
「そりゃあもちろん、最前線での防衛隊長に決まってるでしょ」
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