彼女はZ指定

「ゾンビ対策本部ってさぁ、ちょっと長くない?」

大場君がそう言うと、北原さんがうんうんと頷いた。

「正式名称はゾンビ対策本部だけど、ゾン対って呼ぶ事にしようと思うんだ」

「え?ぞんざい?」

北原さんの言葉に秀子さんが首を振る。

「そんざいじゃない?」

「そんたくって聞こえたよ」

田島さんが答える。

「そんとくだろう」

「そうざいよね?」

村上さんご夫妻がそう話していると、大場君が慌てて遮って訂正する。

「違う違う!ゾン対だってば!」

「え?ぞんざい?」

「そんざいじゃない?」

「そんたくだな」

「そんとくだよ」

「そうざいよね?」

「ぎゃー!何この無限ループ状態⁈」

 大場君が頭を抱えていると、加賀君がフゥッと大きく溜息をつき無言で大場君に手招きをした。

私?と大場君が自分で自分を指差すと、加賀君が大きく頷いた。

「何?ゾン対の副部長の座を狙ってるの?

ダメだよ。自治会長の桜田さんに決まってるんだから」

自治会長の桜田さんまで仲間に引き入れたのか。驚くべき手腕だ。

「君の趣味に興味は無い」

加賀君の言葉に「マジムカつくんですけど」と、大場君的には心の中の言葉らしいのだが、はっきりと言葉に出して加賀君の机の前で仁王立ちしている。

「いいから仕事しろ」

加賀君が大場君にそう注意をすると、交番内に設置しているソファや椅子に座って大場君とおしゃべりしていた北原さんをはじめ、馴染みの地域住民の方達が揃って大場君の擁護を始めた。

「くるみちゃんは、俺達に防犯の話しをしてくれているのに遊んでるように言うのはどうなのかなぁ」

「そうよ。いつだって被害に遭わないようにと気を配ってくれているのに」

「くるみちゃんが来てから、私らの防犯意識はかなり高くなったよなぁ」

「そうだよ」

思わぬ援軍に加賀君が驚いたように目を丸くしている。

「真島さんだってそう思うだろう?」

田島さん、頼みますから僕に話しを振らないで下さい。ゾンビの話しは僕にはまるで分からないのですから。

ハハハと力無く僕が笑うと、大場君が満面の笑顔を田島さん達に向けた。

「ゾン対本部長のまっしーは、そこの所はちゃんと理解してくれてるって」

・・・.えっ?僕がゾン対本部長??いつの間に⁉︎

「でさ、私的にはクレイモアとか設置する場所を予め決めておきたいワケ」

?クレイモア??クレイモアって??

「バッ・・!何を言い出すんだ!」

加賀君の顔色がサッと変わった。

「くれ??なんだいそれは?ゴキブリポイっとみたいな物かい?」

村上さんの言葉に、大場君はちょっと考えて首を振った。

「似たような物だけどちょっと違うかな」

「全然違うだろ!何を考えているんだ!こんな住宅街にクレイモアなんか設置出来るわけ無いだろう!」

 加賀君の剣幕に僕はひどく驚いてしまった。

この加賀疾風という男は、あまり感情を面に表す事は無い。いつもポーカーフェイスで通しているので、こんな風に感情を露わにする姿を見た事が無かったのだ。

 それは、地域住民の方々も同じだったらしく、驚き過ぎて誰も言葉が出ない様子だった。

「なんでよ?前もって決めとかないと作戦も立てられないじゃん」

加賀君の剣幕にも動じる事の無い大場君は、新人とは思えない肝の座りようだと、僕は思わず感心してしまった。

「大体、日本では手に入らんだろうが!」

「特殊班とか持ってないの?」

「日本の特殊班がクレイモアを何処に使うんだ⁉︎」

「えーっ⁉︎マジか。仕方ない。それじゃモロトフ作ろっか」

「大場!」

何がなんだかよく分からないが、加賀君がひどく怒っている事だけは確かだ。

「まあまあ、この話しはまた後でゆっくり落ち着いてからする事にしよう」

 僕は急いで2人の間に入って、一先ず話しを終わらせる事にしたものの、交番内は妙に重苦しい空気が流れていてどうしたものかと考えていたその時「こんにちは」と言いながら交番に入って来たのは田端徳次郎さんと付き添いの美代子さん、そしてその足元にはハコ長のミュウだった。

「あら!ハコ長さん!待ってたのよ!」と秀子さんが声を上げた。

「真打ち登場だ。おまがりさん、お邪魔してます」田島さんもニコニコ顔で出迎えている。

「美代子さん、良い時に徳次郎さんとハコ長さんを連れて来てくれたわ。ここにお座りなさいよ」

勝子さんが席を立って徳次郎さんを座らせた。 

 いつにも増しての歓迎を受けて、少し驚いた感じの美代子さんがハコ長のミュウに視線を向けた。

「お散歩しようとおじいさんと家を出たら、ハコ長さんが居たものですから。一緒に歩いてると、ついついこちらに足が向いてしまって」

 当のミュウは、勝子さんからおやつのチュルルンをもらって夢中で舐めている。

「かよちゃん、元気だったかい?」

徳次郎さんが大場君に話しかけると、大場君が徳次郎さんの顔を覗き込んだ。

「徳ちゃんこそ、ちゃんとご飯食べてるの?美代ちゃん困らせたらダメだよ?」

 かよちゃん呼びされる事に不満を洩らしても、本人には決して否定する事はしないのが大場君の良いところだと僕は思っている。

 美代子さんが大場君にすみませんという感じで頭を下げると、徳ちゃんと私はマブダチだもんねと言って笑顔を向けた。


 ハコ長のミュウを囲んで一頻りお喋りをしていた人達が引き上げていくと、交番内には僕と加賀君、そして大場君の3人。ロッカー上に置いた猫用ベッドにミュウが寝そべりながら僕達を見下ろしている。

「で?加賀っちは何が不満なの?」

せっかく収めた話しを、何故大場君が蒸し返すかな。

「大場、自分が何を言っているのか理解しているのか?」

加賀君が呆れた様に大場君に問いかける。

「別に平時の話しをしてるわけじゃないじゃん。ゾンビが発生した有事の話しをしてるんだからさぁ」

「ゾンビが本当に発生すると思うのか?」

「絶対に有り得ないなんて、誰にも断言は出来ないよ。実際、アメリカじゃ違法ドラッグを使用した人に襲われて、ゾンビ事件だって騒がれた事があるんだから」

「知っている。しかし、それは人であってゾンビじゃない」

「ゾンビじゃなくても、似たような事件はいくらもあるよ!血を飲まずにいられなくなる病気があるの知ってる?ウィルスのせいで錯乱状態になる人だって一定の割合でいるんだから」

「じゃあ君は、病気の人にクレイモアを使用するというのか?」

「違うよ!病気で異常行動を起こす人が発生する様に、なんらかの理由でゾンビが発生する可能性もゼロじゃないんだから対策を立てておくのは大事だと言ってんの!」

「とにかく!クレイモアは論外だし、モロトフを作るというのもめちゃくちゃだ。警察官が口にして良い話しじゃない」

「ちょっと良いかな?」

恐る恐る僕が話しかけると、大場君と加賀君が揃って僕に顔を向けた。

「クレイモアとかモロトフとかって何かな?」

「ほら!」

と大場君が僕を指差して言った。

「クレイモアったって、理解出来ないんだよ?今から使い方を教えて正しく使用出来るようにしておかないと!」

「話しが飛躍しすぎだ。日本でゾンビなんか発生しないんだから、武器の使用法なんて教える必要は全く無い」

「石仮面みたいに無表情だと思っていたけど、頭の中身も石なんだから!」

「いや・・、だから・・」

「石で結構。この地域の善良な人達を馬鹿げた話しに巻き込むな」

「大事な人達だからこそ守らなくちゃいけないんじゃん」

「事件や事故が起これば全力で守るに決まっている」

「・・でも加賀っちは、まっしーみたいにずっとこの地域の人達に尽くして行く気は無いじゃん」

「え?」

僕が驚いて加賀君に目を向けると、感情の読め無いいつもの無表情で大場君を見ている。

「壁を作って私らを一歩引いて見ているの分かっているんだからね」

「え?え?」

「ゾンビの話しはどうした?」

加賀君が落ち着いた声で大場君に話しかける。

「つまりそう云う事でしょ?一事が万事、別の目的の為の交番勤務だから、命掛けて地域住民を守るつもりなんか無いんだよ」

「君は命掛げで守る覚悟は有るのか?」

「当たり前だの何とかだよ!私がこんなに必死に考えてるのに、頭ごなしに反対する事無いじゃん!」

「それなら、せめて日本で出来る対抗策を考えるべきじゃないのか?地域のお年寄りにモロトフは危険すぎる」

「あっ、そうか」

大場君が加賀君の言葉にハッとした様に頷いた。

「なんだ、加賀っちもちゃんと考えてるんじゃないか。早く言ってよ」

 大場君が満面の笑顔で加賀君の肩をポンポンと叩いている姿を見ながら、あの大騒ぎは一体何だったのかと一頻り考えてみるが答えを見出す事は出来そうにない。

ハコ長のミュウはと見ると、何やら上手く言い包められた大場君を、呆れた様に見下ろしている。・・様に見える。

「話しがついたところで、クレイモアとかモロトフとかって何かな?」

僕がそう言うと、大場君がニコニコ顔で僕を見た。

「クレイモアは指向性対人地雷の事だよ。モロトフは火炎瓶。ついでにフラグは手榴弾ね」

その瞬間、僕は目の前が真っ白になった・・・。

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