あの子と猫とクリーチャー

「ねぇねぇ、加賀っち」

どこかのテレビ番組の様な調子で俺に話し掛けて来たのは、自称ライジングルーキーの大場くるみ巡査19歳。よくこれで警察学校を卒業出来たなと思うほど途方も無い新人だ。

「ヤツの事なんだけど」

「大場巡査、ハコ長をヤツ呼ばわりするのは止めておけ。この地域の住民は絶大なる信頼を寄せているんだから」

俺がそう言うと、大場巡査は胡乱げな表情を見せた。

「だって猫じゃん」

「猫だよ」

「加賀っちの飼い猫じゃん」

「行きがかり上な」

「行きがかり上ってなんだよ。つかなんで猫がハコ長なん?」

全くコイツは口の利き方がまるでなっていない。

「あの可愛い猫駅長に肖って猫ブームに乗っかったの?」

ハコ長のミュウは、お前より遥かに優秀なんだが。

「ハコ長はね、認知症のお年寄りが行方不明になった時に、この交番まで連れて帰って来てくれたんだよ」

 今日は第二当番の真島巡査部長が、交番内に入って来ながら大場巡査に説明をしてくれた。

「マジで?」

「本当だよ。その時の様子を、近所に住む大学生がたまたま動画に撮っていて、テレビの夕方のニュースでも放送されて話題になったんだ。それで地域の方達の後押しもあって、署長が名誉ハコ長に任命しくれて、ミュウを交番に連れて来て良いと云う許可をくれたんだよ」

「ブホッ」

大場巡査よ、お前のその擬音はなんなんだ。

「加賀君、その時の映像を確か録画していたよね。大場巡査に見せてあげてくれるかい?」

「観せてくれるの?それって一見は百聞にしかずってやつ?」

「百聞は一見に如かずだ」

俺が呆れ気味にそう言うと、大場巡査はピッと俺を指差して「それな」と言った。

ハハハと真島巡査部長が面白そうに笑っている。

 俺もいつかは、真島巡査部長のような聖人の境地に辿り着けるのだろうか。

 

 時計を見ると、午後6時30分を指している。第一当番の大場巡査は上がりの時間なので、録画映像を観せても支障は無いだろう。俺はパソコンを操作して映像を観せてやった。

 映像の中で、ミュウがお年寄りの前を歩いている様子を女性アナウンサーが認知症で行方不明になっていたお年寄りだと説明している。やがて画面は切り替わり、交番前にミュウとお年寄りが辿り着くと家族の方がお年寄りに駆け寄り泣いている様子が映し出される。

大場巡査が珍しく神妙な顔で映像を見つめていた。

「これを撮った大学生は、飼い猫とお年寄りの微笑ましい散歩の風景だと思って録画したらしい」

 真島巡査部長の説明に、大場巡査は映像のお年寄りを指差して「このお年寄りって、徳ちゃんだよね」と言った。

田端のお爺ちゃんを徳ちゃん呼びしているのか。

「徳ちゃんはさぁ、私の事、かよちゃんって呼ぶんだよね」

真島巡査部長が笑うべきか笑わざるべきかという微妙な表情をうかべている。

「大場かよ?田端さんは天才だな」

俺がそう言うと、マジムカつく!と心の叫びを口に出しながら奥の休憩所に行き、雑誌の付録だというリュックを背負って出てくると、バイバイと手を振り交番を後にした。

 真島巡査部長が大場巡査の後を追って「帰署した後、ちゃんと報告書を提出するんだよ!」と呼びかけている。

 交番に戻って来た真島巡査部長が「大場君は面白い子だね」と言った。

「人に対しての垣根の無さには本当に感心するよ。気難しいお年寄りも、まるで自分の孫の様に可愛がってくれている」

「真島さんは、大場に甘すぎる気がしますよ。大体、職場の上司をつかまえて、まっしー呼びってメチャクチャじゃないですか」

「加賀君だって加賀っち呼ばわりされているのに、気にしていないみたいだけど?」

「俺の事はどうでも良いんです。しかし、真島さんに関しては俺が階級をつけて呼んでいるにも拘わらず、我関せずなのは感心出来ません」

俺がそう言うと、真島さんはフフッと笑った。

「大場君はね、アメリカ式に名前で呼び合いたいらしいんだ。階級とかじゃなくね」

「海外ドラマの影響ですか?」

「どちらかというと、ゲームの方じゃないのかな?今度、うちに遊びに来てゲームを教えてくれるらしいから」

大場じゃないが、マジでか⁈と心の中で呟いた。

「大場君の事に関しては、署長からも僕に任せると言ってもらっているから、長い目で見てくれると助かるよ」

つまり、お荷物を押し付けられたと云う訳か。

俺を押し付けられた時と同じ様に。

「加賀君、そろそろ休憩に入ったら?今日は当番だから1日が長いだろう」

「それでは、お先に休憩入ります」

俺が休憩の為に、奥の休憩所に行こうとしたその時だ。

俺と真島巡査部長のピーフォンが鳴った。

「ちょっ!マジやばいからすぐ来て!ガンダで来て!ムッチーの家の裏!」

大場巡査の声だった。

俺達は一瞬顔を見合わせ、小型警ら車に飛び乗り村上さんの家に急行した。


 そこは村上さんの家の裏手にある、長年空き家が放置されている場所だった。空き家と村上さんの自宅の境目の道路脇で、真っ青な顔で震えながら泣きじゃくっている女性を、村上さんご夫妻が懸命に慰めている。

「まっしーも加賀っちも遅いよ!ガンダで来いっつったじゃん!」

 頬を膨らませ仁王立ちしている大場巡査の足元には、大きな一枚板の下敷きになった男性の姿が。

「事故?救急車は手配したの?」

真島巡査部長が大場巡査に確認しながら、男性の上に乗っている板を下ろしてやって「大丈夫ですか?」と声をかけている。

「署にはパトカー寄越せって連絡した。コイツ、あそこで泣いてる女の人を襲ったんだよ。引ったくりか痴漢かはまだ分かんないけど」

「一応、救急車の手配について確認しておこう」

 真島巡査部長が手配の確認をしながら男性の身元確認が出来る物を探している。取り敢えず、現場確保は大場巡査と真島巡査部長に任せて俺は女性の方へと向かった。

「動揺しているとは思いますが、何があったのかお話し願えませんか?」

「わ・・分かりません。急に後ろから羽交い締めにされて、引き摺られて、何か音がしたと思ったら突き飛ばされて、もう、何がなんだか」

しゃくり上げながら、なんとかそこまでは話してくれたが、本人にも実際何が起こったのか理解出来ずにいる様子だった。すると、村上さんが少し興奮した様子で話しかけて来た。

「いやぁ、ビックリしたよ。カミさんとテレビ見ながら飯食ってたら、突然裏の方からガタガタッて物音がしたかと思ったら、バターンッてもの凄い音がしてさ!何事かと家から飛び出して急いで裏へ回ったら、女の人が蹲ってブルブル震えてるし、男の人は板の下敷きになって伸びてるし、いやもう驚いたのなんの」

「加賀君、ちょっと」

真島巡査部長に呼ばれたので、村上さんに女性の事をお願いして急いで向かうと、男性の物らしいリュックからナイフやガムテープが。

「あっインシュロックタイだ」

大場巡査が指差した物を見ておや?と思った。

「結束バンドだろう?」

「私の叔母さんはインシュロックタイって呼ぶよ」

「これは・・、大変な事になっていた可能性があるよ」

真島巡査部長が深刻そうな表情でリュックの中を確認している処へ、自動車警ら隊のパトカーが二台と救急車が到着した。


 パトカーから降りて来た警官に、真島巡査部長が状況説明をしているタイミングで、板の下敷きになっていた男性も意識を取り戻した。

怪我が無いことを確認された後、事情を聞く為にパトカーに乗せられ署へと連行されて行った。

 また、襲われた女性も念のため救急車で病院へ運ばれ、一件落着という形に収まりを見せた。

騒ぎを聞きつけてやって来た近所の人達に、一連の出来事を村上さんが話して聞かせている。

「さっきの凄い音の正体、なんだと思う?野良のボス猫とハコ長さんだったんだよ!空き家の屋根の上に二匹並んでこちらをジッと見ていてさ、女の人の安全を確認したら二匹揃ってサッとどこかに行っちまってさ!」

「村上さん、さっきはミュウの話しはされませんでしたよね?」

俺が驚いて村上さんにそう言うと「俺がハコ長さんの事を言おうとしたら、加賀君あっちの方に行ったじゃないか」と返された。

確かにおっしゃる通り。ところで大場はなんで現場にいたんだ?

 集まったヤジ馬に、現場に入るはマジ勘弁と言いながら、現場保全に努めている大場巡査の側に行き、もう遅いので自宅へ戻って下さいと呼びかけてヤジ馬達を解散させ、現場が荒らされていない事を確認してから俺達も交番へと戻った。


「大場君、お疲れ様。帰署の途中だったろうに、よく現場に駆け付けられたね」

真島巡査部長が大場巡査を優しく労っている。

「バス停に向かってたら、ヤツが私の目の前をビューッて横切って行くもんだから、何事?って思ったわけ」

「ヤツって?」

大場は真島さんの前ではミュウの話しをしないから、ヤツ呼ばわりしているのを知らないんだ。

「真島巡査部長、大場巡査はハコ長のミュウをヤツって呼ぶんです」

「そうなの?ハコ長呼びに抵抗があるならミュウって呼んで良いんだよ」

真島さんにそう言われても、神妙な顔をして黙っていた大場が意を決した様に口を開いた。

「ヤツは絶対クリーチャーだよね?」

は?クリーチャー?

「え?なんだって??」

真島さんが困惑しながら大場に問いかけた。

「まっしー達は見てないっしょ?あの男をのした時のヤツの姿を」

こいつ、大丈夫か?

「あの大きな板をさ、もう一匹の野良と、どんな技を繰り出したのかは分かんなかったけど、男目掛けて倒したんだよ。そんな事する?猫がだよ?」

「多分、ケンカをしていたんじゃないのかな?村上さんの話ではもう一匹は地域の野良猫のボスだったそうだから」

「あの屋根の上のヤツの姿見たらそんな事言えないよ。なんか、もう、ラスボス感が半端なかったんだから」

さすがの真島さんもドン引きしている。

「大場君は疲れちゃったんだね。大丈夫?帰署して報告書出せる?」

「いや、心配ご無用。ヤツがクリーチャーだという事をきちんと報告書に書いて提出せねば」

待て、その妙な使命感はなんなんだ。

「大場君?それはまずいよ。そんな報告書を書いたら大問題になるから」

真島さんが宥める様に優しく話しかけた。

「なんで?」

「大場巡査、ハコ長は、ミュウは、猫だから、猫、分かるな?」

大場巡査が俺と真島さんの顔を胡散臭そうに見ていたが、ヤツの洗脳か・・と小さく呟いた。

「分かった。今日の処はヤツの正体は伏せておく」

そう言うとサッと敬礼をして帰って行った。

アイツは何と戦っているんだ・・?

「真島さん、アイツの事、面白いなんて言ってられませんよ。俺に言わせればアイツの方がよっぽどクリーチャーだ」

俺がそう言うと、真島さんがちょっと困ったような表情で聞いて来た。

「クリーチャーって何?」

一瞬、答えに窮したその時。


ニャオゥ


いつの間にか戻って来ていたハコ長のミュウが、俺達の足元で一声鳴いたのだった。



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