第4話 うるさい声
この頃、頭の中がごちゃごちゃごちゃごちゃ、騒がしい。やることなすことにケチをつけ、自己嫌悪に引きずり込もうとする。心底鬱陶しい。黙ってろ、と包丁を突きつけてやりたくなる。
自省? 自戒? そんな訳あるか。あれはただただ、私の魂をこの世から切り離したいだけだ。いわば死神だ。
気付けば、この死神とはそれなりに長い付き合いだ。頭の中だけで無く、手足にまで干渉してきた事もある。春、制服のリボンで首を思いっきり絞めた。喉が締まる苦しみと、勝手に緩まる手の力を感じて、これでは死ねないなと諦めたのだった。これが手では無く、太い木の枝や立派な鴨居などならどうだったろう。がっちりとリボンを咥えられたまま、果たして最期の瞬間に私は何を思うだろう。死ねただろうか、死んでしまっただろうか。成就と後悔の、どちらを私は選ぶつもりだ?
死は救済。死ねば苦痛から解放される。こんな面倒臭い世界にしがみつく理由があるのか? 後のことなど放っておけ。お前がいなくとも、世界はこれからも回っていくさ。
死神の囁きどおりかもしれない。苦痛も無く、悩みもなく、必死に自分の価値を見出そうともがく必要も無く、人が何人死んだところで、地球は回って年月を重ねていく。そういうもの。
いや、ちょっと待て。なんで生きるのに『価値』が要る?
そう突っ込むと、死神は酷く取り乱す。
人から必要とされなければ生きている意味が無い。人の役に立たなければ意味が無い。そう思いませんか? そうで有るべきです。なんて言い繕う。
クソくらえ。
どうして人の役に立たなければ『いけない』なのか。どうして誰かにとって価値ある存在でなければ『いけない』のか。
私は生きたいから生きている。その過程で誰かの役に立てば『幸い』だし、必要とされれば『嬉しい』。それで良い。
脅迫観念だ。誰かの役に立たないなら生きていても仕方ないなんて、死神の常套句だ。
誰がいつ、私に面と向かって『貴方に価値が見出せないから不必要』なんて言っただろうか。そんな不躾な事を言う輩は、私の世界にこそ不必要だ。
誰かの為だけに生きることは、絶対したくない。最愛の夫がいなくなっても、私は生きることを止めたくない。『私の価値』なんて要らない。そんなものは周りで勝手に批評していてくれ。
私は生きたい。あの勝手に緩んだ手と、死神に突きつける包丁がその証。
私よ、私を殺してくれるな。いつか何かに殺される日まで。
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