バレンタインデーの待ち合わせ
東雲まいか
第1話 いつもの喫茶店で
僕の名前は高山高貴、大学生だ。高貴という名前は、名前の通り上品で、何でもいいから高みを目指す男に育って欲しいという願いを込めて、両親が付けたものだ。
容姿は残念ながら自分でも認めるところだが、あまりかっこいいとは言えない。名前負けしないように、少しだけ背伸びして努力はしてきたつもりだ。
そんな僕にも好きな人が出来た。同じ大学に通う学生だ。入学した時から意識していて、ようやく二人だけで会ってもらえる関係にこぎつけた。彼女の方はどう思っているかはわからないが、僕にとっては初めてできた彼女だと思っている。名前は堀口のぞみさん、僕の憧れの女性だ。
彼女と喫茶店で待ち合わせをした。僕は約束の時刻の一時間以上前に着き、隅の席に座った。よく待ち合わせで使う喫茶店で、学生街にあるこの喫茶店は、昔ながらの店でマスターがいて、店員が注文を取りにくる形だ。学生街だから成り立つような店だ。
彼女がやってきた。透明感のある白い肌に、栗色の大きな瞳、細い鼻筋、ふっくらしたピンク色の唇。顔のパーツは申し分ない。スカートの裾が揺れるたびに、僕の心も揺れてしまう。彼女の姿を見ると、いつも胸が苦しくなり、座席にうずくまってしまった。一番端の席にうずくまるように座っていたので、僕のことが目に入らず、離れた席に座った。彼女の前に店員がやってきて、水の入ったグラスをテーブルに置いた。暫くすると、コーヒーを運んできて彼女の前に置いた。
彼女は、腕時計の文字盤や、左右の席を見ていた。まだ僕がどこにいるか気付かないようだ。コーヒーカップとスプーンを品定めしてから、砂糖の入った容器の蓋を開ける。角砂糖を一つつまみ、スプーンに載せてからコーヒーの中に静かに沈めた。慎重な入れ方だ。こうすれば滴が跳ねることはない。じっとコーヒーカップの外側を見回し、再び品定めしている。ここのカップは一つ一つ違った柄のオリジナルを使用していて凝っているので、見ていて飽きない。
温かいカップを手の平に載せて、寒さで冷たくなった手を温めているようだ。そして再び外側を見回して、今度は眉間にしわを寄せて悩んでいる。苦悶の表情さえ浮かべている。
先程から、僕はそんな彼女をじっと見ている。さらに彼女は角砂糖を追加する。かなりの甘党なのだろう。そして、先ほどと同じようにスプーンを握りしめて、念入りに何度もかき回す。次にミルクを入れた。
口元にカップを近づけ一口、口に含んだ。
口を真一文字に結び、視線を上下左右に動かす。こんな彼女は見たことがない。再度コーヒーカップを眺め、指でさすったりしている。そして砂糖の容器を開け砂糖をスプーンに取りコーヒーの中に沈め、スプーンでかき回す。これでは砂糖をなめているようなものだ。
カップを持ち上げ、口元に運び一口飲む。
ふーっとため息をつき、天井を見上げる。
時折腕組みをして考え込んでいる。かなり悩んでいる様子だ。悩みに悩んでいる。答えを見つけようとするかのように、さらにコーヒーを飲む。再び唸るような仕草をし、じっと目を閉じる。
僕はいてもたってもいられなくなる。彼女のそんな様子を見ているとこちらまで苦しくなってくる。
早く、早くしてほしい。
再び、カップを持ち上げ、今度は二口ごくごくと飲んだ。
そうだ、その調子だ!
いいぞ!
苦悶の表情はさらに厳しさを増し、瞳を閉じてコーヒーを飲み干そうとしている。
いったいどうしたというのだ。我慢の限界に達した僕は、彼女の前に急いで駆け付けた。
「のぞみさん。どうしたの? そんなに苦しそうな顔をして」
「いったいどういうことなの? これは」
「ごめん、君を苦しめるつもりじゃ……」
「十分苦しかったわよ。私が苦いコーヒー飲めないってこと知らなかったの?」
「あっ」
呆けた顔をした僕を憐れむような顔で見つめていた。
「さっきから、向こうの席でこちらの様子をうかがっているのわかってたよ。こんな演出しなくてもいいってば」
前もってマスターに頼み、コーヒーの上にアイラブユーの文字を作ってもらった。イェスならコーヒーを飲み干して、というメッセージを紙に書き添えて。いつもはココアを飲んでいたことを伝えなかったせいで、苦い思いをさせてしまった。
何という失態だ!
嫌われてしまうだろうな……
「ここで、高貴を見てると、楽しくなっちゃった。コーヒーは全部飲めなかったけど、返事はイェスよ!」
「ありがとう。その言葉を聞きたかった」
そうそう、最後にマスターに確かめなくちゃな。
「マスター、のぞみさんにココアを出してって言わなかったっけ」
「そうでしたか? コーヒーが苦手とは存じ上げませんでした。失礼しました。今日は私のおごりということにします」
全く、マスターも隅に置けない人だ。
バレンタインデーの待ち合わせ 東雲まいか @anzu-ice
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