第4話 先輩! そんなにおおきなものは入りません!
「--新田、ケツに入れるぞ」
西森が言うと、新田の表情が青ざめる。
「む、無理ですって、先輩--そんなに大きなものなんて、、、入りません。今回はその、諦めましょう?」
「いやダメだ、もう、限界なんだよ」
西森はまるで聞く耳を持たない様子だった。
「入れるったら、入れる--もちろん、お前の身体を心配していないわけじゃない。でも重要なことなんだ。これでようやく、ひとつになれる気がしている」
「--本気、なんですね」
新田が見つめる西森の表情は、真剣そのものだった。
「わかりました」
覚悟を決めたように、新田がうなずく。
「いいですよ、入れて下さい。僕も男です。少しくらい、無茶したって平気です。先輩の、、、好きなように動いてください」
「--すまないな、新田。もしお前を壊しちまったその時は、ちゃんと責任をとるから」
言い、西森は内線の受話器を手に取ると
コールした。
「お疲れ様です、業務機能チームリーダーの西森です。先日ご相談させていただいた追加機能の件ですが、今回のフェーズで入れこめると思います--はい、詳細はチャットで報告しますが、取り急ぎ」
時刻は間もなく12:00になろうとしていた。
ガヤガヤとした広いワークスペースには
スーツ、私服の社員が入り乱れており、昼食をスムーズに確保するために、早めに出ていく者の姿もあった。
スケジュールの終盤に新たな作業予定を突如入れ込むことを、ときおりケツ(納期のおしり)と表現することがある。
--キンコンカンコーン
「はあ--やっと飯の時間だ!」
やや雑に受話器を戻すと、西森は思い切り背伸びをしながら声をあげた。
「新田、お前はいつもどおりコンビニか?」
「いえ、その」
訊かれて、新田は少しはにかむと、
自らの頬を人差し指でなぞった。
「朝時間がなくて、買えなかったんですよね。今から買いに行くと、コンビニも行列がすごくて商品を取るだけでも大変だし、どうしたものかと--」
「お前、オレが外食ばかりなの知ってんだろ。ならば、なぜ誘おうとしない」
少しだけ不機嫌そうに、西森が聞き返す。
「先輩は、いつも他の人とよく御一緒されてるじゃないですか。なので、遠慮していました」
「ああ--木下の事か。オレが席を立つと、どこからともなく現れて勝手についてくるんだよ」
西森が言って立ち上がろうとすると、本当にどこからともなく、一人の青年が近づいてきた。
パーマがかった金髪に、スラリとしたスタイルのお洒落感のある私服の20代半ばと思しい青年だった。
「にっしもりさーん」
手をヒラヒラさせながら、元からそういう顔つきなのか--まるで狐のような雰囲気の笑顔で、青年が声をかけた。
「木下か」
西森が答える。
「おつかれさまでーす。今日は出るのが遅いみたいなので、こちらから出向いてみました」
陽気そうな声音で言い、木下は敬礼のポーズをとった。
どうやら、いつもこの調子であるらしい。
「悪いな、木下。今日は先客があってな」
「先客?」
西森が応じると、言って、木下は自席に座る新田の方を見た。
「ああ、そういえば紹介していなかったな」
西森が言った。
「前に少し話したかもしれんが、オレの部下の新田だ。優秀なやつで、プログラム知識はオレよりもはるかに高い」
「--あの、新田です」
突然の紹介に、新田は立ち上がって頭を下げる。
「ご丁寧にありがとう」
語尾にアクセントをつけて木下が返す。
「君が新田くんだね。西森さんから、いつも話をうかがっているよ」
言いながら、木下は新田に顔を近づける。
「へぇ--新田くん、きみ、なかなか可愛い顔をしているんだね」
「やめろ、木下--」
新田のキョトンとした表情を見て取り、
西森が、片手で木下の肩をつかむ。
「ははは、すいません、つい」
木下が1歩後退する。
「いったいどんな子なのか、前々から気になっていまして」
「はぁ、お前ってやつは。これだからやりにくい」
「なら、三人で食べに行きましょうよ。それならボクなんかにペースを乱されなくてやりやすいでしょう?」
「--悪いな、木下。今日は断る」
西森が言う。
「今日はコイツとサシで行きたい気分なんだ。お前とはまた、今度な」
「--はいはい、わかりました」
両手を広げて言うと、木下は踵をかえした。
「まぁ、いつでも行ける仲ですし、たまには仕方ありませんね。ではまた--」
木下の去り際、木下と新田の目が合うと、
木下は薄く微笑みをうかべた。
「木下さん--」
木下が去った後で、新田がつぶやいた。
「ああ、デザインチームにいるディレクターだよ。若いのに優秀なやつだ。いまいち掴みどころがないが、いいやつだぞ」
「そうなんですか、ずいぶん、仲が良さそうですね」
「ああ、わりと古い付き合いだしな。よく飲んだりする仲だ。そうか、今まで面識がなかったのも、お前が酒を飲まないせいか」
西森はひとりで納得するように言った。
「さぁ、遅くなっちまったが、オレたちもとっとと出掛けるぞ」
歩き出した西森の後を、新田がついてゆく。
ふいにもやもやとした感情が、新田の中には芽生えていた。
その感情がいったいなんなのか--この時まだ彼は気づいていなかった。
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