第2話 先輩!もう少し優しくしてください!

「--痛っ、、、痛い」

「ふふん、お前ほんとこれ弱いのな」


痛がる新田を前に、西森はそれを止めようとはしない。


「これじゃあんまりです--もう少し、優しくしてください」


焦りのあまり、新田がそう懇願する。


「本気を見せてくれって言ったのは、お前だろうが」

「ああ、もうダメだ--」

「いくぞ--ラストスパートだ」


パァン、パァン(肉体と肉体とがぶつかる音)


「悪あがきはやめて、"イッ"ちまえよ--」


間もなく猛々しい悲鳴が上がると

薄型テレビの中の格闘家のうち1人が吹っ飛び、それからもう一方が拳を空たかだかに突き上げた。


「新田、お前格ゲーのセンスなさすぎ」


西森が言った。

金曜日の夜更け、西森の借りているマンションの一室で、西森と新田は格闘ゲームをしていたのだ。

1LDKの間取りに、ローテーブル、三人掛けのソファ、時計、必要最低限の物しかない部屋だった。

唯一、たくさんのゲームタイトルだけが床に無造作に積み上げられいる。

西森はチューハイを飲んでる。新田には紅茶が出されており、そのマグカップがローテーブルに乗っていた。


「さあ、次のキャラを選べよ」

「いや、もういいです--」


観念したように新田が申し出た。


「ちっ。張合いのねぇやつ」

と吐き捨て、西森はコントローラをソファの上にポンと投げ捨てた。


「そういえば--」


ふと新田。


「先輩は、どうしてエンジニアになったんですか?」

「急になんだ」


西森が怪訝そうな顔をする。


「あまり見ないタイプじゃないですか、先輩みたいな性格の技術者って」


「はぁ、あのなぁ」


ため息をつき、西森は自身の髪を指でくしゃつかせた。


「まぁいい、そりゃお前--金に決まってるだろう」

「え、お金が志望の理由ですか?」

「当然だ」


悪びれもせずに言う。


「最近こそオフショアやクラウドワーク、中韓の人達が日本にエンジニアとして来る事が多くなったが、まだまだ人手不足は否めないからな。技術的にそこまで優れていなくても、やることを責任を持ってやればまず食いっぱぐれのない職業だ」


西森が言った。


「こんなに身を立てるチャンスのある仕事はないだろう」


「そうなんですか」


「少なくともオレはそう思っている。お前は新卒からこの業界だからわからんかもしれんが、オレの経験してきた職種よりもこの業界はまだ恵まれている。だから見ていてムカつく奴らも多いんだよ。能書きばかりで建設的な意見もろくに言えずに、自分の自己満足でしか仕事をしない技術者どもがな」


西森はうんざりそうな顔をした。


「新田、お前はそうはなるなよ」


「--はい」


まじめな面持ちで新田が答えた。


「精進します」


「--先輩、シャワーを借りますね」

「ああ」


立ち上がった新田に、西森がチューハイを片手に顔を見ずに返事する。


十数分後--


「--先輩、なんでも良いので着替えを貸してくれませんか?」


脱衣所から届く新田の声。


「カゴにパジャマが入ってるだろう。それを使え」

「あ、これですね--ありがとうございます」


ほどなくしてパジャマ姿の新田が出てきたとき、西森は頭の後ろに手を組んでソファで横になっていた。


「オレはここで寝る。お前は隣りのベッドを使えよ」

「いつも、すみません--」


申し訳なさそうに新田が言う。

その時、ふと何かに気がついたように続けた。


「このパジャマ、まだ新しそうですけど先輩のお古ですか?

サイズ的に、先輩には合わないような」


「--間違えて買ったんだよ」


言って、西森は仰向けから横向けになった。

西森はほどなく眠りに落ちた。


--やがて昼近くになり、ようやく目が覚めた時、新田の姿はなかった。西森は上体を起こし、掛けられた毛布を半分抱えたまま、気だるそうに大きな欠伸をついた。

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