先輩、僕をアジャイル開発しないでください!

紫之崎

第1話 先輩!手荒な真似はやめてください!

「ああ、先輩そんな、ダメです--」


青年から、その悩ましそうな声があがる。


「別に、今更構いやしないだろ--お前だって、やったことくらい、あるんだろう?」


不敵に返す、もう一人の青年の声。


「ないですよ、そんな、危険なこと--」

「なあに、責任はとるさ」

「ああ、西森先輩--」


そう言って指を動かす。


「いいか、新田。オレは、早く"いき"たくてしょうがないんだ。とっとと、ケリをつけるぞ」


時刻は日をまたいでいた。

ブラインドは全て下ろされ、広いワークスペースには一部だけ明かりが灯されている。

そこで二人のスーツ姿の青年がひとつのパソコンモニターを覗き込んでいた。


「本番データを直接操作するなんて!

いくらなんでも、危険すぎます。それにあの店だって、もうそろそろ閉店の時間ですよ」


新田がうろたえて発した。

二十代前半といった顔立ちだ。

色白でおどおどとしている。センター分けされた明るめの前髪が、頬に少し触れていた。


「そんなんだから、お前は自分の持ち分でもない障害対応を押し付けられるんだよ!

こんなものはなぁ、そもそもオレたちのやる仕事じゃない」


西森は荒々しく言い、マウスをクリックした。モニターにはデータの更新を示す文字列が吹き出したように次々に出力されてゆく。


--SUCCESSFUL !!


最後のその緑色の文字が出力されると

画面はそこで落ち着きを取り戻した。


「これで良しっと」


と西森。短髪に高身長で、新田よりもいくつか年上に見える。戦闘的な目付きをしており、いわゆる肉食系男子という男だ。

新田と違ってすでにネクタイは外している。

仕事にそこまで献身的に取り組むタイプではなかった。


「そもそもなぁ、オレたちみたいな外注に、こんな重要な事を任せきるプロパーが頭おかしいんだよ。障害表だって、ろくに書かないでエラーログを投げつけてくるだけだろ」

「それはそうですけど、、、」


嘆くように言って、新田は西森が離したマウスを動かす。ブラウザには開発中のシステムの画面が映っていた。

新田が操作するとローディングを示すグルグルが回り始める。


二人が画面を見つめたまま、そのまま1分が経過した。


「はぁ、どうもダメだなこりゃ」


西森がふてぶてしく呟く。


「おい、さっきのロールバックしてくれ」


ロールバックとは、データベースの直前の操作を取り消すことを差している。


ただし、


「先輩、、、先程の操作、トランザクション使ってませんよね」


事前に取り消し可能な状態にする操作をしていないと使えない技法であるのだ。


「あ、忘れてた。まぁいい、どうせまだ一般ユーザーのいない--内内リリースの段階だ。どうにでもなるだろう」


西森は言い、椅子からスーツのジャケットを拾い上げる。


「オレはもう帰るぞ。お前はどうするんだ」

「、、、僕もあがります」


諦めたような新田。深いため息をついた。


「というか、お前、まだ電車あんのか?」

「あっ--」

「気にせずに仕事してたのかよ、お前」


今度は西森がため息をつく。


「しょうがねぇ、またうちに泊まってけよ」

「すみません、先輩、、、」


身支度を終えた新田が申し訳なさそうに言う。


「実は、おもしろいゲームを仕入れたんだ」

「--またですか? 前に買ったやつだって、まだクリアしていないんじゃあ、、、」

「いいんだよ」


はじめて西森が笑った。出で立ちには似つかわしくない、少年のような爽やかな笑顔だ。


ワークスペースから二人が出ていくと、やがて照明が消え、外から入り込んできた薄明かりがサッシの隙間から漏れだして数本の線を引いた。

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