第二話 目覚め

あの後のことはよく覚えていない。


たしか軽トラにぶつかって、吹っ飛ばされて。


気がついたらベッドに寝てて、揉めと言われて…


そう、治りたかったら胸を揉むようにと言われて手を胸に。


……………え、俺は揉んだのか?お揉みになったのか!?


いやいやいやまさかな。


だんだん意識を失いかけた時の景色と感触が鮮明になると同時に、両手を前に出して体を覆っていた重みを突き飛ばした。


「おもみなさい!」


まとわりついた重みを突き破るとそこはベッドの上だった、窓から射し込む朝日が眩しい。


「なんだ?挨拶か?だったらおはようだろ?頭とかどこか痛いところはないか?」


目に染みるような日射しを背に白衣を着た中年の男が立っていた、たしか意識を失う前に手当てしてくれた医者だったと思う。


「ここは病院?俺死にかけてませんでした?」

「ああ、ひどい有り様だったぞ?

首は明後日向いてるわ顔面にガラス片が」

「すいません、やめてもらっていいですか?」

感触を思い出すだけで足先の感覚が薄くなっていく。

「すまなかった、私はオルソン、ここの医者だ」

辺りを見回すとなにやら古くさい、ありとあらゆる家具が木製で、アンティークショップで売ってそうなランプが置いてあったり。


天井を見ても電灯が全くない、某遊園地のアトラクションでないとここまで凝った内装はできないだろう。


手を差し出したオルソンに五香は礼を言って握手をした。


「すいません、ここどこですか?どこって言うか、何町とか国とか」


「私も君に聞こうと思ったんだ、やはりここの景色には馴染みが無さそうだな」


オルソンは逸香を外に連れ出した、小高い丘にある診療所から見た風景はテレビや地理の教科書でしか見たことがないような西欧風の集落だった。

その集落の回りには畑や牧場が広がっていた。


オルソンは風景を目の当たりにして立ち尽くす一茶に聞いた

「どうだ?」


「のどかで凄くいいところですね」


「…そうじゃない、君の故郷と同じ風景かどうかを聞いてるんだ」


「・・・全然違います」


「やっぱり君は異世界転生者か」

オルソンは呟いた。


「やっぱりってよくあることなんですか?」


「いや、話には聞いたことがある程度だ」


どの転生者も故郷に帰れず絶望することが殆どで、最後には気がおかしくなって失踪したり自殺したりしてしまうようだ。


ちょっと来てくれと机の上に地図を広げるオルソンが五香を呼んでいる。


「今私達がいるのはここ、ジャーク村だ。チャールストン領にある」続けて縮尺の大きな地図を上に広げた。「大陸地図だとここら辺にこまごまとした国みたいになってるだろ?チャールストンはその最北端だ、ここだ」


地図には一つの大陸があり、横断する国境線が大陸を南北に3分割している。真ん中の大きな地域にチャールストン領があった。真ん中の地域は上下の大国に挟まれる形で多数の領地が存在しており、いくつもの国境線らしき線が網のように交差していた。


もちろん逸香には見覚えがなかった。

さらに悪いことに、地理もまともに勉強してこなかったので異世界のものなのかも自信がない。


「地図も見覚えなしか、困ったな」

オルソンは腕を組みながら考え込む。


しばらくの沈黙の後に逸香は重要なことを思い出した。


「あの、ちょっといいですか?」


「なんだ?」


「俺の他に誰かいませんでしたか?似たような格好した男なんですけど」


ダムに落ちてった後輩の特徴をオルソンに伝えた。


「いや、見てないな。私が見つけたのは君一人だけだ」


俺の後輩、一茶はここに転生していないのかもわかってない。一緒に転生したものと思っていたけど。


逸香はようやく自分の足元が頼りない状況にあることを実感した。


「安心できるかはわからんが」

オルソンはそう前置きをして続きを話す。


「君の世界の格好はここではとても目立つ、どこかで発見されたらすぐに報せが出てくるはずだ。それまでの間ゆっくりしてればいいさ」


「帰る方法はわからないけれどもな」

オルソンは最後にそう付け足して診療所の奥に消えていった。


たしかにそうするしかないだろう。どのくらいここの世界にいるのかわからないし、永久にここの住人になってしまうかもしれない。


まずは一茶との合流、それが先決だな。


五香はそう考えるていると、オルソンは歯ブラシを持ってきた。


「すまないが換気するから裏で歯を磨いててくれ、ニンニク臭くてかなわん」


ましましニンニクジャンボ餃子の威力は凄まじい、口コミサイトにそう書き込みがあったがどうやらガス兵器並らしい。


ふと自分を治してくれたあの美少女を思い出す。


「おれめっちゃニンニク臭いまま揉んだんじゃん...最悪」


そんな嫌な記憶も口臭も洗い流してリセットすることができた五香は背伸びをする。


恐る恐る体を捻ると硬いベッドで凝り固まった背骨がポキポキと鳴ってほぐれていくだけで痛みもなかった。


夏の早朝のような涼しい風が流れている。


いままで溜まりにたまった屁を放出した。



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新米聖女は乳を揉ませて世界を救う 河豚山雅春 @fuguyama

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