第一話 あなたは神を信じますか?

一茶は水煙の中へ消えた。

目を開けるのも難しい中、水面が見えずまるで永遠に落ち続けてるかのような錯覚に上下の感覚すらも忘れていた。


気がつくと滝の轟音は消え、かわりに虫の鳴き声が聞こえてきた。落ちていたはずなのに原っぱに横たわっている。


「あれ、ここは?」

天国とかそういった死後の世界というやつだろうか?

山一つ無く、なだらかな地平線が見える。

沈んだばかりの太陽のせいか、やや紫色の夜空だった。


一茶は立ち上がって回りを見回す。


ずぶ濡れの服はそのままで水滴が滴ってるしメットの中はまだガーリックの臭いがする。


「もしかして異世界転生ってやつか?」


見上げた夜空にはわずかに緑色の満月が輝いていた。


ふと最近見たアニメの展開が脳裏に浮かぶ。

そろそろ第一村人が出て来て

「どうしました?見ない人ですね」


なんて聞いてくる二次元美少女がいないかと思っていると、前方から松明の明かりを伴った集団が歩いてきた。


「今時松明だと?」

ずぶ濡れで諦めていたが一応スマホの電源を入れる。


「しまった、充電忘れてたんだ」

テンプレートのような転生者の行動をしているうちに松明の一団が近くを通る。


思いきって声をかけることにした。

「うぃーっすどうもー!皆さん!一茶でぇーッス!」


初対面コミュ障の一茶はつい相手との距離感が一歩近くなってしまう。

これが原因でなかなか友達ができず大学デビューも失敗した。


一団の先頭の男性が一茶の元に歩み寄った。

よくみると服装は日本の学生服、つまり学ランのような服を着ていて、女性も同じく学ランらしき服を着ていた。

どこかヨーロッパっぽい顔立ちだが日本人っぽさもある不思議な風貌だ、ハーフとかクオーターとも若干違う。


「どうもこんばんわ!ずぶ濡れのようですが大丈夫ですか?」


ハキハキとした声で男は挨拶を返してくれた、大抵のやつは挨拶で顔がひきつるがこの人はそんなことはない、間違いなくいい人だ。言葉が通じることも確認できた、とりあえず一安心。


「いや、参りましたよ、ダムに落ちて死んだかと思ったらこんなところに」


しまった!なに言ってんだ、松明使ってる文明のやつにダムなんて通じそうにない!

そう悔いたがすでに遅し。


「それは大変でしたね、ダムとは?」

男は知らない単語を素直に質問してきただけでそれ以上は怪しむどころかさっきより前のめりな気がするのは気のせいだろうか?


「ああ、ダムって言うのは人工の湖みたいなもんですよ、川の水量を調節するらしいですよ」


「なるほど、あなたは土木に詳しい学徒なのですね!」


「学徒っていうか、まあ、そこまでじゃないですけど」


チラッと一団を見る、あくまで普通の通行人といった眼差しに感じる。


皆に注目されてるとなんだか集団の邪魔をしているようで申し訳なく思う。


「あの、どこかの学生ですか?」


「はい、我々はスクールのチャールストン領支部の生徒です、私の名前はミュラー・グリーンです、あなたは?」


ミスターグリーン、なんだこの英語の教科書みたいなやり取りは、そう違和感を感じながらも一茶は答える。


「紀州国際学院大学1回生、智弁一茶です」

異世界だって言うのに普通に答えてしまった。

チャールストンとか言ってる人に紀州が通じるわけねえだろと自分にツッコミを入れる。

一茶は次からは慎重にいこうと決めた。


「キシュー?どこの生徒かは分かりませんが学年の事を回生と呼ぶんですね、てことは南部のどこかの学徒なんですね」


ミュラーは普通に対応してきただけでなく、疑問に思ったことは行儀よく手を上げて質問して来た、一団はというと先を焦る様子でもなくただ行儀よく待っていた、列の秩序を一切乱さず体はきれいにこちらを向いて背筋がピンとのびている。

その違和感が一茶にとってだんだん不気味に映るようになったところで彼が話題を変えた。


「一茶さん、何かの事故でこの北部の地区に来てしまったようですので、南部に連絡をとってみましょうか?それまでの間、宿を出しますよ」


彼はそう言って、列に加わるように促した。


どうやら皆で家庭訪問にいく予定らしい。



こんな時間に?



疑問が浮かびながらもそれを飲み込んで列についていく一茶。


一団は隣町に家庭訪問をしてきた帰りで、残りわずかな家を尋ねれば学生寮、つまり宿に帰るという予定らしい。


しばらく歩くと明かりのついた家が見えてきた。

するとすぐに明かりが落ちてしまった。


ちょうど寝るタイミングだったのか?


家の中の明かりが落ちたにも関わらず玄関の明かりがだけは消えていない、それに住人が消しに出てくる気配もない。


隣の生徒さんに聞いてみた。

「なあ、家庭訪問ってなにするの?」


すると生徒は優しく答えてくれた。

「抜き打ち試験ですね、我々学生は常に勉強をしていくことが大事なので、その意識付けにこうして質問してまわるのです」


なんて意識の高い連中なんだ、日本がそんな国じゃなくてよかった。一茶がそんなことを考えてるうちに家の前に着いた。


「あの、ミュラーさん?もう家の人寝たんじゃないですか?」


「おそらくそう見せかけてるだけでしょうね、また今度うかがいましょう」


何かがっかりするわけでもない様子で次の訪問先へ向かっていった。


その後何軒も回ったが、どこの家もこちらが家を視認したあとすぐに明かりが落ちてしまった。おそらく松明の火を見つけてあわてて消したのだろう。そりゃ抜き打ち試験は避けられるなら避けたい。


最後の一軒は最後まで明かりが落ちなかった。家庭訪問にも自信ありらしい。


ミュラーがドアをノックすると皿が割れる音が中から聞こえてきた。


その後何度もノックしてようやく主人が出てきた。


「こんばんわ、夜遅くに失礼します。私、スクールのチャールストン領支部の者です」

「え、ええ…」

主人の反応も無理はない、夜遅くにこんな不気味な集団が訪問してくるのだ。


それにしても反応がおかしい、俺のいた現代日本でも心当たりがあるような。


一茶がそう思って見ているとミュラーは抜き打ち試験を始めたようだ。



「突然ですが、あなたは神を信じていますか?」


いきなり核爆弾級の危険ワードを爽やかに言ってのけるミュラー


「うちはグレイス教団なんだ…」


「そうでしたか、神はあなたを救っていますか?救われていますか?」


「ああ、ハバス様は今日も明日もずっと見守ってくれるよ」


間違いない、今までの違和感に答えが出た。

奇妙なまでの集団行動、無駄に丁寧でハキハキとしたしゃべり方、そして開口一番神様信じてますか発言。






この人らカルト教団だわ








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