プロローグ3 神に捨てられた者たち
とある農村の中にひときわ白く、あっさりとした、装飾のない箱のような建物があった。その真新しい様子と対照的に半壊している家屋が散在し、畑には収穫前の作物が何かによって踏み荒らされている。
白い建物の入口には小さな人だかりがあり、やがて入り口が開くと中から一人の男が現れた。
「
「教師!今まで仕えた神を捨てた私は!守られるのでしょうか!」
人だかりが男の足元に駆け寄ると、皆男を見上げて口々にそう質問した。
男の足元には人々が落とした金貨が散らばっていく。
中心の教師と呼ばれた男は片手を軽く持ち上げ皆に静粛を求めた。
皆が静まると、男は脇に抱えた黒い手帳を開いた。
「あなた方は、新たに入学した方たちですね」
皆に向かって優しく語りかけるように話し始める。
「あなた方は児童です、学問を共に追求する同志となっただけです、あなた方が神を捨てる必要はありません」
男は本を閉じると足元の金貨を拾い上げ、皆の手に戻しながらさらに続ける。
「我々が学び追求するのは生命です。生命とは何処からやってきたのか、なぜ作られたか、それは何のために?」
金貨を返し終えた教師に一人の村人が質問を挟んだ。
「しかし、我々の神はそれを追求することを許しません、一体どうすれば…」
すると教師は答える。
「あなた方の神はこうおっしゃっています、”全て私の体から作った”と、祈祷と薬以外の治療は禁忌です、体の中はどうなってるか私達は知りません、動物の中身を知る程度です」
人は神の体の一欠片から分裂した神聖ものであるという、彼らが信仰していた教典の教えだ。
「では質問です、神に終わりはなく、我々には死があるのはなぜなのか?神は私達を愛しているのでしょうか?」
教師は本を閉じ、人だかりを一周するように歩き始める。
「なぜ終末などという災害を用意するのか?死後の世界があるならばわざわざ肉体など始めから必要はないではありませんか?それから…」
教師は一周し終えると入口を背に皆に正面向いて問いかけた
「同じ人でありながら、神の教えから外れたという我々学徒にはなぜ死後の世界が無いのか?」
「隣の村で起こった同志の殺戮は神の名のもとに正当化されているのはなぜ?」
「全てを愛してくださるという神は!なぜあなた方をこれほどまでに!」
本を握る手が震え、片手で指をさすその先には村から上っている黒煙が数本。
「これほどまでに苦しめるのか!そこの山を御覧なさい!彼らは学徒ではありません、金貨を握りしめたまま、神の救いを信じて神の名のもとに殺されてしまったのです!」
指をさした先、村の黒煙の手前には積み重なった死体の山があった。
山の中に家族がいる者もいたようで、泣き出す者も現れた。
「今一度問います」
教師は人だかりにあいた隙間をまっすぐ、山に向かって歩きながら問いかけた。
「神はあなた方を本当に愛しているでしょうか?」
「「「
人だかりが口を揃えて声を上げる。
「神は死後の安泰を約束するでしょうか?」
「「「
「このまま”終末”を受け入れて良いものなのでしょうか?」
「「「
教師は山の前に立ち皆に向き直ると、両手を高々と掲げて演説を続けた。
「では質問に答えましょう!生命の神秘を追求することをお許しにならない神はどうすればよいか!」
「恐れる必要など無いのです!我々は学友です!共に耐え、共に忍び、共に助け合えます!」
教師は空を見上げ、更に強く語りかける。
「しかし、神は強大です、我々だけではかんたんに抹殺されてしまうでしょう!
ですから仲間を増やすのです!神によって夢を見させられている隣人の目を覚まし、輪を作り、根を張りましょう!
我々は小さな芽でしかありませんが、結束すれば大樹となります!」
「我々は神を捨てたのではありません!捨てられたのです!それを受け入れられない者が暴走し、我々学徒を排除しているだけなのです」
皆が立ち上がり大きな拍手が起こった。泣いていた村人も教師に希望の視線を注ぎ始める。
「終末に備えましょう!」
「「「
今度は肯定の大合唱が始まる。
「皆を夢から起こしましょう!」
「「「
「我々人間自身が人間を救うのです!」
「「「
狂気とも言える熱狂が辺りを支配する。そして人々は金貨を、そして白い装丁の教典を山の前に積み上げ始めた。
「我々なら必ずや幸せを勝ち取れるでしょう!学友を信じましょう!そして、神の名のもとに犠牲になった隣人のためにあえて祈りましょう!」
そう教師が言い終わると、建物から黒装束を着た人が、一人の鎖で拘束された騎士を引き連れて、教典の白い山の上に座らせた。
「この者は、後ろのもう動かない隣人の山を作った人のうちの一人です、彼にとっては同胞のはずです」
騎士は、兜を剥がされ、村人に石をぶつけられたのか、顔面には痣が青く生々しく浮かんでいる。
「お願いだ、やめてくれ、悪かった…」
騎士は教師を見て命乞いをする。教師の視線は騎士を見てはおらずその奥にある死体の山を見続けている。
「後ろの方々は、救いを乞う間も無く、殺された」
そう言って教師は白い教典を一冊だけ山から抜き取り、騎士の頭に手を添えた。
「汝は、神の祝福に守られ、死後も安らかな楽園に招かれるだろう」
教師は教典を朗読し始めた。葬儀の際に読み上げられる一節を。
「おい!頼む!やめてくれ!」
もはや騎士の威厳などなく、教典の山の上で死を待つただの一人の人間として、涙ながらに死体の山と対面している。
「神の祝福があらんことを」
教師は教典をパタンと閉じると、騎士の膝の上にそれをそっとのせた。
そして、騎士の頭にのせた教師の手から火が起こると、たちまち騎士と教典は炎に包まれた。
騎士は、人が出せるとは思えない程の悲痛な叫びを上げながら、教典と一緒に燃え上がった。
それを見届けると、教師は彼らの教義に則った作法で哀悼の意を示し、建物に入っていった。
「
狂気に支配された村人は熱狂でもって教師を見送った。
一国の辺境の地方で起こった小さな事件だった。
スクールと名乗る彼ら新興宗教団体は、行き詰まった国の隙間へ着実に根を張り、広がっていった。
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