プロローグ2 生を掴みとるのです!

小さな農村の唯一の教会、そこで髪が栗色の、一人の少女が子どもたちに壇上で本を読み聞かせている。

「不思議な出来事がこの農村で起こったのです」


少女の声は優しく教会内に響く。

子どもたちは真剣に聞いたり、眠っていたり様々だ。


「病で死亡寸前だった赤ん坊は、その娘が抱いただけで病気が治ってしまったのです、夫婦は大変喜び、娘に感謝しました」


少女は壇上の端を左右に歩きながら朗読を続ける。彼女の服装は動きやすそうな農婦の普段着だが、聖職者の証である金色の首飾りをつけている。歩く度に豊かな胸が揺れ、編んでまとまった髪は腰まで届き、ゆったりとした歩みに合わせて動いている。


「やがて国中に広がったその噂を聞いた国王が村に使いを送り、たった一人の跡継ぎを治してほしいと頼んできました」


青い装丁の本をめくる音が聞こえるほどの静寂、朗読に退屈を感じた子供は、隣の子供をつつき始め、それが伝染したのか体をもぞもぞと動かしたりあくびを始める子どもたちが現れ始めた。


「国中の名医が手を尽くしても回復しないまだ赤ん坊の王子で、国王は王子が気になって執政にも影響が出るほどでした、国費をどれだけ使っても治せという勅令は無事悪用され、国費だけがすり減らされ、国王のメンタルも国のファンダメンタルもズタボロでした」


少女は子どもたちの様子を気にせず、もしくは気がついていない様子で朗読を続けている。


「娘は、高熱にうなされる王子を一晩ほど抱いて過ごすと、次の日には熱が引いていたのです」


「国王は娘に感謝のしるしとして、使い切れないほどの報酬と財宝、村へ家畜などを送ることを約束しました」


少女が青い本を閉じた


「村は豊かになり、娘はその不思議な力で人々のために尽くしました」


話が終わると、子どもたちは体を伸ばし、開放感を全身で表現する。

それでも立ち上がる子供がいないのは単純な理由がある。



少女が読み終わると同時に、かごを持った女性達が入ってきた。中にはお菓子が入っている。


「はい!今日のお話はここまでです!次回は最終戦争編ですからね!」


子どもたちはお話が終わると同時にかごのお菓子にめがけて駆け出した。


「こらこら、押してはいけません!みんなのぶんはありますから!」

菓子に群がる子どもたちを整列させる少女に、後ろから別の中年の女性聖職者が声をかけてきた。


「コリエット、先程重度の怪我人が発見されました、あとは私がしますのでそこへ向かってください」

「わかりました、場所はどこですかシンディ?」

「村の診療所です、急いでください」



少女がでていった後、中年の聖職者シンディは、少女に変わって整列を求めた。

威厳のある声と実績に子どもたちは緩んだ顔をキュッと引き締めてまるで磁石に吸い寄せられた一列の鉄球ように整列した。



少女は教会を出ると、駆け足で診療所に向かった。教会は農村の中心部にあり、診療所は教会の西にある少し高い丘にある。



「コリエット、早く中に入って!」

丘まで駆け上がってきたばかりで息も整わないうちに引きずられるように診療所へ入れられる。


診療所に入ると香ばしい臭いがした。


「急いで来てもらってすまなかった、これではもう助からん」


医師は尽くせる手は尽くしたがすべて無意味だと悟ったようにそう言った。


身元不明だと言う男性の怪我人は、首が変な方向に曲がっており、ガラス片が突き刺さった顔は普通の人なら目を背けたくなるだろう。


ただし、医師とこの少女はそれに慣れていた。


やけに伸び縮みするおかしな模様のついた服装が気になる。


血の乾いた生臭さとニンニクの臭いが診療所に立ち込めている中、二人は呻く怪我人を観察していた。


「この人の手はまだ動きますか?先生」

「ああ、左手まだ動くよ」


怪我人を見る、右手は指があらぬ方向へ向いており、ひじ付近からは折れた骨が露出している。左手は力なく脱力しているが本人の気力が有れば動かせるはずだ。


「でしたら助かる可能性はあります」

「だから君を呼んだんだ、彼を助けてやってほしい」


「例え拒んでも助けます」


少女は袖を捲り、胸元のボタンを緩めて怪我人のそばに向かった。

医師はベッドの回りに置かれた医療器具を片付け始めた。


「名前は言えますか?」

少女は怪我人の左手をとって声をかけた。

「オ・・イツカ」


少しの間の後で弱々しいかすれ声が呟かれる。

「イツカさんですね」


少女が確かめると、軽く手を握り返してきた。肯定だろう、少女はそう判断して続ける。

「イツカさん、あなたを助けるためにお願いがあります」


ガラス片まみれの顔の目がうっすら開きこちらを見る。


少女は怪我人の手を自分の胸に持っていくと真剣な顔をして言った。


「さあ、お揉みなさい!」


「はぁ!?」

怪我人はとっさに手を引っ込めた。

全身を無理やり動かしたせいだろう、怪我人は激痛に声をあげる。


「恥ずかしがらなくても大丈夫です、信じて!」

少女はもう一度胸に手をあててイツカに揉むように促す。


「さあ!早く!あなたの生はあなたが掴むのです!」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る