間章:一〇〇代目勇者の話

間章:一〇〇代目勇者の話

 神都。


 それは神よりその任を承った神王が収める、神が作り給うた最古にして最大の都市。


 巨大な一枚の大理石をそのまま削り出した大神殿郡がそのまま都市となったかような、美しき神聖不可侵の、文字通りの聖地でもある。


 その神殿の一つ、勇者の神殿は、平常の静謐さはどこへやら、只人ヒューマン森人エルフ鈷人ドワーフ小人ピグミー獣人パッドフット蜥蜴人リザードマン等、種族問わず多くの人々で賑わっていた。


 そしてそれらは全て、美しい装束や宝石等で彩られているか、もしくは相応の価値を持つ鎧や武器を帯びていた。各国、各種族を代表する王侯貴族、そして将軍たちであった。


 その一角に、真黄金剛オリハルコンの金冠を頂き、美しいシルクのローブを身にまとった、妖精と見紛うばかりの美丈夫がいた。美しい金の髪と尖った猫の耳は、上の森人ハイ・エルフの象徴である。


 彼は森人エルフの代表としてこの場に出席した、大公爵の一人である、ホルムストレーム公であった。まだ年若く見えるものの、おそらくこの場の誰よりも長きに渡り歴史を見守ってきた大樹のような人だ。


 彼はそばに、碧鈷鋼コバルタイトの全身鎧を身にまとった見事な重戦士を従えていた。重戦士は千人力で振り回す、流麗な紋様の刻まれた巨大な大戦鎚を携えていた。


「お前もこういう場所では兜は外すものだ。」

「みだりに素肌を晒すなとおっしゃったのは父上です。」


 その重戦士のくぐもった声は、よくよく聞けば女性のものであった。話を聞く限り、金冠の妖精公はこの重戦士の父親であるようだった。歴戦の戦士たちも兜を脱ぐ中、ただ一人兜をつけたままの彼女には白い目が向けられていた。


「私に恥をかかせないでくれ。」


 妖精公の言葉は非常に小さく、懇願に近いものだった。彼にとってこの重戦士はただ一人の娘である。文字通り猫可愛がりし続けたせいで我儘に育ってしまったという後悔がないわけでもなかった。しかし、立場上娘相手に頭を下げるわけにも行かない。故に懇願なのだ。


 しばらくお互い無言でにらみ合うようにして、根負けした獣戦士はその兜を脱いだ。清流のように流れ出た金髪は、妖精公の金冠よりもきらめいて、鎧下に押し込まれてなおその流れは緩やかでどこまでも真っ直ぐであった。隠された肌は神殿の静謐な大理石よりも美しい白磁で、籠もった熱気で高揚した頬は、白桃のようでもあった。


 だれかが、彼女が妖精公の秘蔵っ子かとつぶやくのを、誰も咎めることが出来なかった。


 しかし、それも長くは続かない。神殿に最後に訪れたその人に、誰もが目を向けたからだ。諸王、代表、貴族に将軍、誰もが跪いてその人物を迎えた。


 老齢ながらにして威厳ある力強い皺が刻まれたそのかんbせ。白銀の髪に、金剛石ダイアモンドを中心に、五属性を象徴する宝石を散りばめた、色を持たない無垢なる神金アダマンタイトの王冠を頂いた、神王その人である。


 横に付き従うは、神王譲りの白銀の髪、神の花嫁として、伝統の薄絹を纏ってヴェールでその顔を隠し、月桂冠を頂く女性。第三王女にして、当代の聖女である。聖痕と翼をかたどった真黄金剛オリハルコンの杖が差し込む太陽光にきらめいている。


 そしてその最奥。九十九の歴代の勇者を象った白亜の像の正面、巨大な魔法陣の前の玉座に腰を下ろした。すかさず、宮廷魔術師の長である白衣の賢者が立ち上がった。


「これより、勇者召喚の儀を執り行う。聖女様、どうぞ前へ。」


 それに従い、聖女は前に出て、魔法陣の中央に、その杖を突き立て、縋り付くように膝をついた。それに合わせ、四方にそれぞれの方角に合わせた属性の杖を携えた神官たちが、習うように杖を立てた。そのまま、美しく歌うように、神への嘆願を始める。


「至高なる、秩序の神にこいねがう。」


 掘られた溝に水が流れるかのように光が広がっていく。炎の赤、水の黒、木の碧、金の白、そして土の黃。この世を形作るとされる5つの属性の精神力マナが魔法陣に注がれ、無色透明の精神力マナに溶け合う。誰もが言葉を発することすらためらうほどの、美しい光景であった。


「幾千幾万の境界を超え、奇跡をここに授け給え。」


 その中で、聖女だけが言葉を続ける。溢れ出る魔力が、浮かび上がり、巨大な門が作り出された


「祖は、悪鬼羅刹を蹴散らすもの、百鬼夜行を薙ぎ払うもの。」


 透明なる窮極の門が開かれ、『外なる神』と繋がる。門の先には玉虫色の泡沫の中に、見たこともない世界が現れては消えていく。その一つが休息に接近してくるのが見て取れた。


「その称号を、『勇者』とし、我ら救世を求めるものなり。」


 そして神殿に光が満ち溢れる中。最後の一言が、紡がれた。


勇者・召喚サモン・ブレイヴ


 それは太陽光にもにた、強烈な光だった。しかし、だれもそれに目を焼くことなく、その中央に押し出されるようにして現れた人影が見えた。


 やがて光が消え去り、門が消え去り、人だけが残った。精神力を使い果たした神官と聖女が崩れ落ちるように倒れ、神王は聖女を抱きとめた。


 奇跡はここに成った。


「よくぞ参った。救世の勇者よ。」


 宵闇のような黒い瞳と髪、見たこともない服を纏ったそのまだ少年といったふうな男は、フラフラと周囲を見渡しながらすこし歩いたあと、魔法陣の中央に倒れた。


 彼こそ人類の威信をかけて持ちうる最大の力を注ぎこんだ、一〇〇代目の勇者である。

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