第3話 里1番の戦士

「無事に到着したのぅ。今日はしっかりと休んで、明日に備えるのじゃぞ」


里に到着すると、長老様は俺たちを労いの言葉をかけてくれた。

めぼしいものは樹齢は数百年はあろう巨木と、その付近にある魔法陣くらいで、殺風景な場所だ。

魔方陣は召喚士が魔物と契約を結ぶ際に用いられるものを流用しており、魔物避けの役割を果たしている。

家は一件も建っておらず、地面に布を敷いて、その上に寝転がる浮浪者同然の生活を送っていた。

寒さを凌ぐのにも一苦労だが、魔女たちから追われて逃げ回っている以上、致し方ない。

日が落ちた森は赤と黒のコントラストに彩られ、迂闊に出歩けば迷ってしまいかねない。


「フゥー……お疲れ様です。お言葉に甘えさせてもらいます」


長い長い溜め息をつくと、一気に疲れが押し寄せた。

張った糸が容易に切れてしまうように、ある程度余裕を持たないと、すぐに人も物もダメになってしまう。

俺は長老様の意見に素直に従うことにした。


「どうする、ランドルフ」

「ちょっと里の様子を見てから寝るかな」

「そうだな、そうするか」


長老様と別れて後ろを振り向くと、ネズミが物怖じせず、ジロジロと俺たちを眺めていた。

普通であれば、人を見たら逃げ出すのが道理。

にも関わらず近寄っても、まるで動じることなくどっしりと構えている。


「どうかしたか、ランドルフ」

「いや、何でもないよ」


運動した直後でもないというのに、心臓ははち切れんばかりに脈を打った。

何が自分の恐れを駆り立てているのだ。

言い知れぬ不安を覚えつつも素っ気ない返事をして、ネズミから視線を逸らす。

その場から立ち去ると、人影が目に入った。

迷子にでもなったように首を頻りに動かして、誰かを探している素振りだ。


「あれ、ミラベルじゃない。何してるのかな? ねぇ、どうかしたの!」


アメリアが発するとカチューシャをした緑髪の少女が、主人の帰りを待っていた犬の如く走り出す。


「みんな、お帰りなさい。渡したいものがあるから、ちょっと待ってて」


息を切らしながら、彼女は俺たちに切り出した。

渡したいものとは、いったい何だろう。

頭に疑問符を浮かべつつ、用件を終えるのを待った。


「サン・ハーブを持ってきたの、役立ててよ」


そういってミラベルは、黄色の花弁が特徴的な花が入った瓶を取り出す。

経口摂取すると自然回復力を高める効能のある薬草で、軟骨にすると火傷にも効く、冒険者にとっては必携の道具だ。

しかし森にサン・ハーブ自生しておらず、かつ主な産出国であるルクス公国との国交も絶っている。

そのためグリーン・ジェリーの体内から未消化のものを抜き取るか、もしくは妖精から買うかでしか、入手は難しい。


「いいのか、こんな貴重な物を」

「うん、それはランドルフたちが有効活用して。私にはこれくらいしか、貴方たちにできないからさ」


仲間が次々と亡くなっていくことに、彼女も負い目があったのだろう。

彼女の表情に、暗い影が差し込んだ。

平和な生活を営めるようになるまで、何らかの補助が必要になる。

仮に戦闘という形でなくとも、別の方法で協力し合えるのなら、立派な里の一員だ。


「こういうのは適材適所だからさ。気に病まないでいいよ」


俺は口角を吊り上げて微笑んでみせた。

わざとらしい笑顔になっているかもと、客観的に自分の行動が可笑しなものに映っていないか、自嘲してしまう。

だけど彼女の心の痛みが和らぐのなら、馬鹿にされても構わなかった。


「あ、慰めてくれてるんだ。あ~あ、相思相愛の幼馴染がいなかったら、私がランドルフを狙ってたのになぁ」

「ミ、ミラベル?! か、からかわないでよ!」

「照れてる照れてる。アメリアも彼と同じくらい、分かりやすいわね。うかうかしてると、本当に奪っちゃうよ」

「変なこと言わないで。あっちいこ、二人とも」


頬を桃色に染めながら、アメリアは否定する。

傍から見れば、恋人のように見えているのだろうか。

でも人狼の俺と付き合うより、ちゃんとした形の幸せがあるに違いない。

一生このまま里で暮らしていくのは、あまりに酷だ。

俺たちが遠ざかっていくと、彼女は手を振りながら


「フローレンスが心配してたから、後で顔を見せてあげてね。あれで結構、仲間思いなんだから」


と声を張り上げていた。

それを聞いた俺は、すぐさまフローレンスを探した。

明日になれば、またどこかに向かうことになる。

魔女や魔物との闘いは命懸けで、いつ死んでしまうかも定かでない。

だからこそ今日、彼女と会っておきたかった。


「おーい、フローレンス。起きてるか~」


俺が呼ぶと、薄暗い闇の中から一つ結びにした茶髪の女が寄ってきた。


「私の名前が呼ばれたと思ったら、アンタたちか。どうしたんだい」

「第一声がそれかよ。それはそうと留守の間、ありがとな」

「別に礼なんかいらないよ。無事だったんだね。帰りが遅いから、くたばっちまったんじゃないかって心配したよ」


ランドルフたちを見るや否や、幅広の剣を携えた女戦士が、ぶっきらぼうに言い放つ。

どこからか調達した革鎧に身を包んで、首からはネックレスをぶら下げていた。

切れ長の瞳は、どこか他人を寄せ付けない冷たい印象を、見る者に与える。

打てば響く鐘みたいに、口喧嘩になると延々と言い合いになるほど気が強くて、俺も何度か口論になったことがある。

同年代のアメリアやミラベルが落ち着いているから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。

素直に心配したといえば、可愛げもあるのに。


「優しい優しいフローレンス姉さんに、何か文句でもあんのかい?」

「な、何でもないって。それより帰り道で、アコトニスの連中に追われてさ」


心の中で毒づくと感情が顔から漏れてしまったのか、彼女は不満げに俺を見遣る。

疲れているのに、相手をさせられたらたまったものではない。

話を逸らそうと、別の話題を口にした。

すると歯を剥き出しにして飢えた獣の如き形相で、彼女は風を切るように歩み出したのだ。

あまりに突然な豹変ぶりに


「おい、どこいくんだ」


俺はフローレンスを呼び止める。


「決まってるだろ、連中を八つ裂きにしてやるのさ」

「冷静になれって」

「こんな時に黙っていられるかってんだ。同胞を殺された雪辱を……」


言葉を尽くしても、彼女の血の昂りは抑えきれそうにない。

どうすればいいのかと、俺が面食らっていると


「仲間の安全確保が第一だ。里1番の戦士が、長老様の意思を尊重できない訳はないよな」


トニーが彼女を説得する。

幸い里を代表している自覚はあったようで、すぐさま構えた剣を鞘に戻した。


「悪いね。魔女やアコトニスの名前を聞くとこうなっちまって……。ちょっと頭を冷やさないと」

「はは、頼もしいよ。今は無理だけど、いつかあいつらの鼻っ柱、へし折ってやろうぜ!」

「当たり前だろ! 奴らに恨みを晴らさないと、私たちは前に進めないからね」


フローレンスは物騒なことを宣いつつも、からから笑い出す。

どうやら平常心になったようだ。

普段は強がっていても、時折脆い部分が垣間見えて憎めない。

それこそ割れたガラスのように尖っているけれど、不用意に誰かを傷つけたりはしない。

俺は彼女と会話を終えると、明日に備えて就寝することにした。

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