第2話 エルフの紳士
「いやぁ、長老様がいると楽できていいっすねぇ。へへ……」
「私も同感。気を張り詰めすぎて、疲れちゃったもん」
「ちゃっかりした子たちじゃのぅ。育て方を間違ったかもしれん」
アメリアと言葉を交わしていると、長老様は呆れたように呟きつつ、モンスターを薙ぎ倒していく。
普段は必要とも感じないけれど、こと魔物との戦いに関してはないと不便だ。
しかし俺たちは魔法が使えない以上、長老様に頼らざるを得なかった。
「やれやれ、次代を担うのはお前たちだというのに。それよりも長老様、里は大丈夫ですか?」
いつ魔女やアコトニスが攻め入るともしれない、里の仲間が気掛かりだったのだろう。
トニーは落ち着かない様子で訊ねた。
「里の防衛はフローレンスに任せておる。口は悪いが、あれでも正義感と責任感は強い。しっかり留守は守ってくれる筈じゃ」
「あいつがですか、少々不安が残りますが」
「長老様を除けば、里の中で一番強いじゃんか、大丈夫だって!」
話題に上がったフローレンスは、里では数少ない魔術の使い手だ。
彼女にそのような意図がないのは分かっていたが、魔力に乏しい俺は事あるごとに、生まれながらの才能があるのを肌身で実感させられた。
仲間が傷ついても人を癒す力など持たない人間は、膝をつかずに戦い続けることしかできない。
それが精一杯だからこそ、仲間が息絶えていく度に無力感に苛まれ、強くならねばと深く心に刻む。
「まだまだ使えそうだし、色々持っていこうぜ」
「罰が当たりそうだが、渡りに船だ。ありがたく頂戴しておくか」
あちこちを転々とする俺たちにとって、冒険者たちのカバンに入っている物は、ただの手斧でも貴重品だった。
促すと、アメリアとトニーは冒険者たちの遺品を拾い上げて、荷物の中身を手当たり次第に漁り出す。
食べ物にはアリが、まるでカビのようにくっついていて、とても食べられるような状態ではない。
が替えの衣服など、使えそうなものはいくつもある。
盗賊まがいのことをしていい気分はしなかったが、いつからか生きていくために必要なことだと割り切っていた。
道なりに進んでいくと
「あそこで誰か襲われてる!」
ローブをまとい、杖を持った人が囲まれているのが視界に入って、みんなに知らせようとそれを指差す。
「よし、助けようぜ」
「おいおい、俺たちにそんな余裕は……」
「困ってるのを見過ごせないじゃないか、いいだろ」
「寝覚めが悪くなるからの、ランドルフの言う通りにしよう」
許可を得た俺は、一目散に駆けていく。
正義感からか、盗みを働いた罪悪感を人助けで埋めようとしていたのか、自分でもよく分からない。
俺の身体は考えるより早く、動いていたのだ。
「大丈夫ですか、加勢にきましたよ」
「おやおや、ありがとう。」
俺が近づくと、男は感謝の意を述べた。
彼がフードを脱ぐと、鋭利な刃物のように尖った耳が露わになる。
雪のように白い肌は、若干不健康に見えた。
彼の正体は、魔法に秀でるとされるエルフだった。
長老様が先ほどと同じ呪文を詠唱をすると、戦闘は一瞬で片がつく。
銃を持った人間が無抵抗の動物を虐殺していくような一方的な勝負に、俺は頼もしさと同時に恐ろしさを覚えていた。
燃えた遺骸から煙がもうもうと立ち上ると、本能的に危険を察知したのか、鳥が羽ばたいて近くから飛び去っていく。
「素晴らしい威力の魔法ですね。申し遅れました、私の名はフォルセティ。以後お見知りおきを」
燃え盛る火をまじまじと眺めながら、彼は自己紹介した。
「助けていただき、ありがとうございました。息を切らしているようですが、もしよければ事情を教えていただけますか」
今までエルフというのは総じて同じ種族以外には排他的で、堅物ばかりという印象だったが、フォルセティさんは穏和で、話しかけやすかった。
それに森にいる人間が、人間社会では溶け込めないことは、森に住む月の民は重々理解している。
俺が事情を説明すると
「よければ里までご案内しましょうか。歓迎しますよ」
彼は唐突に提案され、困惑した俺は周囲を見渡した。
「何故ワシたちに、そこまでしようとする?」
「私たちエルフは、闇の神と白狼様を信仰対象としていますから。狼にゆかりのある貴方たちが、他人には思えないのです」
俺が抱いた気持ちをそのまま長老様が口にすると、彼は屈託のない笑みを浮かべて返事した。
「いや、ワシらに管理された自由は必要ない。お断りさせてもらうとしよう」
「……そうですか。では失礼しますね」
噓偽りはなさそうに、今までの経験則から何かを察したのだろうか。
長老様は獲物を前にしたタカの如き眼で、一挙手一投足に目を配らせる。
フォルセティさんは顔色を伺って、拒絶の意思を感じ取ると、見る見るうちに表情を曇らせた。
親切心を、邪険にされたのだから当然だろう。
「せっかくの心遣いをすいません」
と伝える暇もなく、彼は再び礼をすると、バツが悪そうにその場を後にする。
初対面だから警戒するのは当然だけれど、せっかくの好意を無下にするのは心が痛んだ。
「魔女にアコトニス。それにエルフか。これはまた面倒ごとに巻き込まれそうじゃな」
「ええ、いっそう用心が必要ですね」
「トニーも長老様も疑り深いなぁ」
「お前はお人好しすぎるぞ。ま、純粋なのはいいところだが」
今、褒められたのだろうか。
自分の耳を疑い、頬っぺたをつねった。
かすかな痛みによって、これが夢でなく現実であることを悟ると
「みんな、遠慮なんかしないで、もっと俺を褒めてくれ!」
俺は恥も外聞もなく叫んでいた。
日が差さず、森の中は肌寒いというのに、身体中はぽかぽかと暖まっていく。
「うるさいな、お前は」
「なんだよ、素直じゃないなぁ」
「少し褒めると調子に乗る。もう少し厳しく接した方がよかったな」
「ランドルフは擦れてなくて、純粋な部分がいいのよ。トニーと違ってさ」
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