アルクレプス大陸英雄譚外伝 ~弦月に吠える者~

?がらくた

第1話 追われる者

木々が隙間なく密生し、昼間でも薄暗いことから、その名がついた夜闇の森。

俺とアメリア、トニーの三人は、アコトニス教団という、狂った教義を唱える連中に追われていた。

人狼の俺たちが目障りらしく、外部から人間が入るのを許されていないはずの森にまで、我が物顔で入り込んできたのだ。

最近成人の16歳を迎えたばかりで、長老様やトニー、フローレンスからは、まだまだ子ども扱いされる。

でも人の醜い部分は、それなりに見てきた。

だからこそ分かる。

―――人が団結するのは、気に食わない属性を持つ人間を、寄ってたかって排除する時だって。


「も、もう追ってはこないかな……」

「ランドルフ、トニー。怪我したら私に知らせてね」


そういうと生まれてからずっと隣にいるアメリアは微笑む。

銀の髪から伸びた犬の耳は、何だか嬉しそうにぴょこぴょこ動いていて、愛らしかった。

三日月の形の髪留めをした穏やかな子で、俺にとっては幼馴染という枠を超えた特別な存在だ。

といっても、彼女が好意に気がついているかは分からない。

確かめたいのはやまやまだけど、この関係性が崩れてしまうくらいならと、本心を奥底に封じ込めていた。


「へへへ、元気モリモリだって。俺は健康なのと頑丈さが取り柄だからさ!」

「心配性だな、アメリアは。ま、そのお陰で、ランドルフも俺も無傷で済んでいるがな」


彼女の横にいる、背中の凹みの部分まで髪を伸ばしているのはトニー。

血は繋がってないけれど、俺とアメリアにとっての兄貴分。

森で血塗れで倒れたところを拾われて、里にやってきたのだと耳にした。

長老様に救われる以前の記憶がないみたいで、以後は俺たちと一緒に生活をしている。


「話をしている場合じゃないぞ、早く里のみんなに知らさねば大変だ」

「そうね、急ごう」


ザッザッと草を掻き分けるような音がした。

何事だろうと視線を向けると、見渡すばかり一面草だらけの、いつもの風景が広がっている。

時折風が吹くと、波みたいに草花が揺らめいたけれど、魔物の影はない。


「あれ、気のせいかな」

「どうかしたの」

「いや、音がしたからさ」

「なるほどな、だいたい理由は分かった」


話を聞き終えると、トニーは物音がした辺りを物色し始める。

すると草むらの中で、何やら緑色の粘液が蠢いていた。

グリーン・ジェリー。

俗にスライムとも称される魔物で、魔術を扱えない俺にとっては天敵だ。


「こいつが原因なのか。どうしよう、倒せないよ」


手立てのない俺は、おそるおそる二人に訊ねた。


「どうするもこうするも、里に帰るのが先決だ。さっさと進もう」


意見を求めると、トニーが指示を出す。

そうだ、別に出会う魔物たち全てを相手にする必要なんてない。

幸いグリーン・ジェリーは、牛の食事みたいに緩慢な動作で、距離を取るのはそう苦労しなかった。

的確な状況判断のお陰で、俺は幾分か冷静さを取り戻した。

分かれ道に差し掛かると


「グォォ……」


唸り声と共に、真っ黒な人影が俺たちの前を横切る。

ゾンビの群れだ。

夕方でもないというのに全身黒ずくめなのか 俺は理解が追いつかない。

が、死体をまじまじと眺める内に、それが何なのかを悟った。

ゴキブリや死出虫など、腐った肉を好むような昆虫たちが、へばりついていたのだ。

死んでしまったら、自分も将来こうなるのか。

さっきまで火照っていた俺の身体は、冷水でも浴びせられたかのように、急激に熱を失っていく。

だけど、泣き言は言っていられない。

腹に溜まった息を吐き出すと、眉間に力を込めて、真っ直ぐ眼前の敵を見据えて、精神を研ぎ澄ませた。

所々生前の装いを保っていて、ボロボロの布切れを身に纏い、片手には手斧や剣、弓などの武器を握り締めている。

魔物は酔っ払ったような足取りで、右手を振り上げつつ接近してくる。


「死にぞこないが、俺たちの邪魔すんじゃねェ!」


脱兎の如く駆け出すと、素早く距離を詰めて、拳を見舞わせた。

バンテージ越しでも、魔物の身体がひんやりとしているのが伝わってくる。

潰れた昆虫の体液が血飛沫のように飛び散って、ゾンビが頭から倒れ込むと、虫は蜘蛛の子を散らすように離れていった。


「しゃあ、1体撃破ァ!」

「きゃああああ!」


叫ぶと同時に、アメリアの悲鳴が森中に響く。


「ぐっ、は、離し……。ラン……ル……」


何が起こったのかと、俺は声の方へ視線を向けた。

すると首を絞められたアメリアが、息も絶え絶えに俺に助けを求めていたのだ。

それを見た瞬間、ゾンビへの感傷的な気持ちは、とうに吹き飛んでいた。

ただただ彼女に害をなす魔物を始末せよと、脳の命じるままに飛び掛かっていた。


「おい、何しやがんだァ! クソゾンビ、もういっぺんあの世に逝きやがれェッッ!」


脇腹に蹴りを入れると、魔物は力を緩める。

アメリアから力任せに引き剥がすと、俺はゾンビを太い幹の木目掛けて放り捨てた。


「大丈夫か、アメリア。すぐに手当てしないと」

「あ、ありがと……・。私、何ともないよ」


彼女の頬は林檎のように、仄かに赤らんでいた。

俺が手を差し出すと握り返し、おもむろに立ち上がって応戦する。

1匹、また1匹と倒しても、魔物の数は一向に減らなかった。


「多勢に無勢。このままでは里に辿り着く前に……」

「口より手を動かしてよ、トニー。私はまだまだやり残したこと、たくさんあるの」

「アメリアの言う通りだよ。やられてたまるかってんだ!」


好きな子の前だから、俺は強がった。

だがトニーの言うように、延々と戦わされれば、だんだんと疲弊して悪循環を呼ぶ。

どう切り抜ければいいのか。

解決策も思いつかぬまま立ち尽くしていた、その時だった。


「破壊と創造の神に御言葉を響かせり。炎よ、我が言葉に応じ放たれよ。……フランマ!」


しわがれた声で呪文を詠唱するのが、耳に届いた。

と、まるで蛇行する蛇みたいな炎が、ゾンビの群れを次々飲み込でいく。

死骸は仲間がのたうちまわっているのを目の当たりにすると、脇目も振らずに逃げ出していった。

大概のゾンビには霊がとりついていて、そいつらは魔法が大の苦手なのだ。


「全く、不甲斐ないやつらじゃな」

「あ、ここまでいらっしゃったのですか」

「お前たちが心配になってきてみたのじゃよ。ゾンビは霊体ごと魔術で葬るよう、あれほど言ったじゃろう」


声の主は長老様だった。

顔中に深い皺が刻まれた、白髪頭の優しいお爺ちゃんだ。

愛情があるからこそ、口を酸っぱくしていることくらいは、俺にだって分かる。

だけどこんな時は、優しい言葉の一つでもかけてほしい気分だった。


「ああああ、またお説教かよぉ」

「俺の不注意でランドルフとアメリアを危険に晒してしまいました。肝に銘じておきます」


責任を感じていたのか、トニーは深々と頭を下げる。


「それはそうと、教団の騎士どもを先ほど見かけました。やつら、また三英雄相手に無謀な戦争でも起こすつもりでしょうか」

「むむ、それは一大事じゃな。どれ、ワシが同行しようかのぅ……。ぬ、ぬぉっ、こ、腰が……」

「頼りになるんだか、ならないんだか。ま、いきましょうよ」

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