第43話 書記と、オベライ海底塔の魔防戦

「――というわけなんだ」

「ふんふんふん……ふにぁ~悪いピカピカのせいだったのにぁ……」

「やはり討伐で得られた属性石には、癒しの効果なんて無いってことだろうね」


 騎士クライスの話によるとゲレイド新国からここまで来るのに、シャル姫が身に付けている装飾品が原因で、賊はともかく魔物に狙われまくりだったらしい。


「とてもじゃないが姫には真実を言えぬし、妻に宝石をかざすことも控えさせてもらった。エンジたちに助けられたが、恐らく海上からも宝石狙いの魔物どもが向かってくるはずだ」

「海から? 属性の獣の力は凄まじいのは分かるけど、宝石目当てでどうしてそんなことに……」

「光の獣ってのは聖獣であったと同時に、周辺の魔物を抑えていたと聞く。その力が討伐で失われたことに気付くのは、人間よりも魔物の方が早い。ゲレイド新国の連中は、自国の周辺から魔物を遠ざける狙いがあったとみえる」


 光の杖を持っていたレシスも、結構な確率で狙われやすかった。

 もっとも彼女の場合は、敵を誘っている光そのものに守られていたが。


 クライスは姫には危険なことを悟られることなく、国まで守ることが出来たことに安堵している。


 姫に何かあった時点で、王にも知られてしまうことを恐れた為だとか。


「俺たちに何が出来るんです?」

「エンジは魔法が相当強いのだろう?」

「いえ、シャル姫を浮かせたくらいですよ」

「ふっ、謙遜するな。リウちゃんの奇襲があってこそかもしれぬが、鳥どもは恐れおののいていたぞ? 手の内を見せずとも、エンジの持つ魔力に気付いたのは明らかだ」


 ここに来るまで大した魔法を使っていない。

 そして最近は、コピーするほどの相手も敵も見つかっていないのが気になる。


 光の属性石を狙って海上から敵が来るという話な時点で、嫌な予感しかしない。


「エンジさま! 大変にぁ!! あっちの方角からたくさん来るにぁ」


 それほど慌ててはいないが、すでに範囲サーチで捉えているのか、リウは海の先の方を指している。


 警戒を強めているのか、耳も尻尾も緊張感を漂わせているようだ。


「海の向こう側か。まさか、本当に?」

「分かるのか!? ここからでは特に変わった様子に見えないが……魔法だけでなくスキルも持ち合わせているとすれば、エンジとリウちゃんに頼りたいのだが……」

「ギルドのクエストの範疇外なのでは?」

「ああ。これはミーゴナの危機だ。だが、我ら騎士は剣と盾しか扱えぬ。それ故、王に援軍を求めたとて城と民を守ることしか出来ないのだ。ここまで来てもらってすまないが、ミーゴナを守ってくれないか?」


 ザーリンとルールイを先に帰し、リウと二人だけになってこんなことが起きるなんて、つくづくザーリンに試されている気がしてならない。


 しかも今回は、リウの支援攻撃を当てにするでもなく、完全に魔法だけで戦うことが前提だ。


 これを冒険者のいないギルド依頼にして来る辺り、フェアリーの企みそのものに思えて来る。


「リウの思い出の地でもありますし、守るのは行きがかり上やりますが……城に防御魔法を張るといった大それた真似は出来ませんよ?」

「ふむ……」

「リウは回復魔法しか出来ないにぁ……」

「リウのせいじゃないからね? 今回は俺がやるしかないってだけだよ」

「にぅ~」


 途端に耳をへたらせるリウを、優しく撫でてあげた。

 すると何かを思いついたのか、耳を立たせて俺を見つめながら提案を出して来た。


「ふにぁ~……森から戻って、ドールを呼んで来るかにぁ?」

「ドールを? あぁ、そうか。彼女たちは俺の魔力で動いているようなもんだっけ。いや、でも……ログナのこともあるし、ドールたちに守ってもらいたいかな」

「ふむぅ……」

「リウにはこの国の人たちを守っててもらいたいな。俺だけで何とかしてみたいし」

「でもでもでも、エンジさま! 絶対防御はもう無いのにぁ……」


 攻撃を喰らえば当然だけど、ダメージを負うことになる。


 それでもそれは直接攻撃によるものだし、魔法で何とか出来るならノーダメージになることの方が、確率としては高いだろう。


「みぁう? エンジさま?」

「大丈夫、近づけさせないよ。それに魔法攻撃だったら、攻撃を受ける方が自分にとっては最高だからね」


 リウの心配も分かるものの、海上から敵が来るということは、魔法による遠隔攻撃が圧倒的に優位だ。


 ここは迎え撃ちながら、コピーもしまくるのが最善だろう。


「……ここでは魔法攻撃も思いきり出来ません。海上に何か拠点のようなものは?」

「あぁ、ある。ミーゴナから見える海は、オベライ海と言う。そこに昔、海上、いや……海底から塔を建てたらしくてな。昔こそこの国も魔法士がいたようで、その塔で魔法を繰り出して守ったと聞いている」

「海底の塔ですか?」

「そうだ。昔は今よりも海も深くは無かったようだからな。とにかく、その塔ならばエンジも防ぐことが容易になるはずだ。頼めるか?」

「リウもここで守りますし、やりますよ。そうじゃないと、俺も成長出来ませんからね」


 ザーリンの言葉に従うならば、塔の中で魔法戦を展開して、スキルやら何やらを育てる必要がある。


 そうすることでしばらく留守にしている砦も、国として成長を遂げる可能性がありそうだ。


「あの塔へはどうやって?」

「もちろん、空からでしか入れない。見ての通りだが、船では塔の入り口にすらたどり着けぬ」


 こうなると、ルールイを呼び戻したい。

 俺から迎えに戻ると言っておきながら、結局こうなるのか。


『はぁはぁ……はぁっ、アルジさま~!』


 この声はルールイ? 

 まだ呼びにも行っていないのに、何で彼女からここに来れるんだろう。


「何者か! まさか空からの奇襲……」

「わー待った、待ってください! あの子は味方で仲間のコウモリなんですよ」

「コウモリが仲間だと!?」

「ほんとにぁ! ルーが飛んで来た~」


 ゲンマの森からログナに行ったはずなのに、ルールイだけ行かなかったのだろうか。


「え、何で? ルールイは行かなかったの?」

「ふぅはぁ……っ、フェアリーがわたくしに言いましたわ。アルジさまと移動しないと、味方とは思われないだろうって。それもそうだと思いましたの。それで探しながらここへ」

「ザーリンがそんなことを……ここを見つけるのは大変だったんじゃ?」

「そうですわね、こんな大きな水たまりの上を飛ぶだなんて……濡れまくりですわ!」

「あー……そ、そうだよね。ごめん」


 翼が濡れることを嫌がっていたが、ここに来ないことには合流出来ないし、我慢して来たってことか。


「それでネコの用事は済みましたの?」

「いや、それがね……」

「――ふん、図らずともフェアリーの目論み通りなのですわね。アルジさまが必要とすることも知っていて、あのフェアリーは本当に、意気地が悪いですわね」

「そんなわけで、お願い出来るかな? 濡れさせることになるけど……」

「後でたくさん触れて頂ければ、アルジさまの望むままに致しますわ!」

「翼に……だよね?」


 何やら紛らわしいことを言い放つが、飛べるのはルールイだけだし、スルースキルも上げねば。


 リウとクライスは城に入って守りに備えることにし、俺はルールイに掴まりながら塔に向かう。


「しかし何故見知らぬ国の為にアルジさまが?」

「リウが世話になった人がいるし、属性石のことも関係しているってことなら、見過ごせない」

「あぁ、それで魔物がざわついているのですね。向こうに見える塔にアルジさまを置くのは、心苦しいですけれど、わたくしが出来るのはそれくらいですし、仕方がないことなのですね……」


 ルールイにも多少の魔法が使えるだろうけど、賢者のような攻撃魔法は備えていないし、彼女を戦闘に加えるのは正しくない。


 翼のあるルールイのおかげで、遠くに見えていたオベライ塔に着いた。

 確かに船では行けない場所にあって、かつての入り口は海中に沈んでいる。


「くすん……悲しいですけれど、わたくしはネコの所にでも戻りますわ。アルジさまのご心配はしておりませんけれど、どうかお気をつけて!」

「ありがとう、ルールイのおかげだ。リウのことをよろしく頼むよ」

「当然ですわ!」


 さて……塔の中に入ってみたはいいが、見事に何も無い。

 海に浸かっていない階に行ってみるか、あるいは頂上に登って魔物の来襲に備えるか。


 サーチで確認したところ、海上から向かって来る魔物はほとんどが飛べるタイプのようだ。

 飛べる奴の背中に乗っている魔物の中には、ゴブリンらしき奴もいるみたいだが、そいつらは騎士やリウ任せておけばいいだろう。


 少しの時間を利用して、下りられる階まで下りることにする。

 かつてミーゴナの魔法士が作ったとされる古の塔なのだし、もしかしたら役に立ちそうな物が見つかるかもしれない。


 差し当たり目の前の部屋については、特に目立って珍しい模様も見当たらない。

 

 下の階に下がると、劣化した歯車のような仕掛けが壁際に放置されているが、これは侵入者へのトラップとして、かつて動いていたものと推測出来る。


 海中に沈んでいる階に下りると、幸いにも水に浸かっていなくしかも、魔素マナの塊が床に転がっていて、触り放題だった。


 オベライ塔のマナから得られたイメージによれば、この塔自体の魔法防御力は、半永久的に生きているということのようだ。


 そこに俺が足を踏み入れたことで再び魔防が高まり、ある程度の魔法をはね返すといった、生きた塔になった。


 魔素の塊に触れるだけで、永久では無い魔力を回復させられる効果があるようだ。


『そういうことだから、フェンダーは成長する』

「……ザーリン!? え、どこ?」

『不思議なことじゃない。あなたのメンター導きであるなら、声くらい届けられる』

「そ、そう言われればそうかも……」

『一人で何とかするほど魔物は甘くない。だから、魔素を取り込んで長期戦。それがフェンダーのやり方になる』


 回復薬とか便利な物を使った試しも無ければ、作れる味方もいない。

 そういう意味では、マナを取り込めるのはありがたいといえる。


『それから、最下層に古代のドールがいるはずだから、起こして』

「古代のドール? いないと苦戦するとか?」

『する。魔法攻撃が通じても、防御にはまだ不安がある。ドールを起こして、使わないと駄目』

「駄目って……そんな時間ないのに、最下層は水に浸かってて入れないんじゃ?」

『それくらい、フェンダーの魔法で何とかする。そのくらい出来るくらいコピーしたはず。だから、やる』

「えー!? それだけ?」


 肝心なことだけ言わずに、ザーリンからの返事は途切れた。


 サーチで感じた限りでは、魔物が到達するのは数時間も無い。


 それまでに最下層に下りて、古代のドールを起こすことが俺の為となる……か。

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